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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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唯一の生存者

前回のあらすじ


どうにか吸血鬼を撒き、自分の仮拠点に逃げ切った晴嵐。しかし様子がおかしい。侵入者に気が付き、警戒しながら進むと、ロープを纏った男がいる。

かつて晴嵐が暮らしていた拠点、交換屋崩壊を招いた人物、横田が泥のように眠っていた……

 事が起きたのは一週間から二週間前。もっとも、横田本人は感覚が狂ってしまい……正確な時間は分からないだろう。

 小屋に赴き、地球女神ガイアとの交信を行った『終末カルト』主導者たち。けれど儀式にて呼び出した神は、あまりにも残酷な審判を下した。その場に居合わせた自身の信奉者を『地球のゴミ』とさげすみ、近辺の吸血鬼サッカーをけしかけたのである。

 ――横田は、そのメンバーにいた。元『交換屋』の多くの人間を『救済』した功績と、その後の敬虔な活動が認められ、神との対話を行う儀式への参加を許されていた。

 神からの祝辞を受け取る、とても光栄な機会だと。これは人の身に余る栄誉であると、大教祖から話を聞いていた。


「あああぁああぁああっ!!」


 横田は激しい恐怖と絶望に見舞われ、一目散に逃げだした。理性も思想も教義も……神の意思さえかなぐり捨てて、教団の仲間がどうなろとも知らず、逃げ続けた。

 その間……山小屋への道を逆方向に辿り、歩きだけで寂れた商店街まで逃げ切れたのは、横田の運が良かったから……としか言いようはあるまい。神が断罪を下す場面で逃れられたのも、逃走中に悪意ある誰かに狙われなかったのも、そして商店街を彷徨っていたら、晴嵐の仮拠点を発見したのも……それこそ神に愛されたとしか、表現できまい。


「ひぃ……ひぃいっ! はぁっ……はぁっ……はぁぁぁぁ~っ……」


 感情のまま、恐怖のまま、生き残りたいと叫ぶ本能のまま、横田は逃げ出していた。晴嵐と同年代の彼もまた、かなり年を食っている。加えて集団生活の分、全身も鍛えられていない。それでも逃げ切れたのは、火事場の馬鹿力か。


「あぁ……なんだよあれ……みんな? みんなは……あぁ……」


 人間窮地に陥れば、パニックを引き起こし、視野も思考も狭まる物。しかし危機を脱した後、冷静さを取り戻してから、自分のした事をかえりみるのだ。

 一緒に暮らし、同じ目標を掲げ、共に笑いあった間柄の人間。なのに、その人々を振り払い、見捨てて、自分一人だけ逃げ回ってしまった。せいにしがみついて、仲間を化け物に食わせて生き延びてしまった。

 急激にこみ上げる罪悪感。周囲に誰もいない孤独感。陰鬱な商店街に、横田一人の足音が虚しく響く。脳内を巡る麻薬が切れると、まるで薬が切れてしまったように、急激な鬱に近い感情が横田を支配した。


「どうしよう……どうすればいい? ここから……?」


 今から『終末カルト』の拠点に戻る? 横田は独り首を振った。火事場力を用いた後は、反動で人は動けなくなってしまう。本当は今にも座り込んでしまいそうだが、横田は次の瞬間、小さな紐に足を引っかけ、乾いた缶の音が響いてしまった。


「う、うわっ!?」


 びくりと怯えた瞬間、落下した缶から煙幕が広がった。ゴホゴホと咳き込み、ますます恐怖の色を深くする。しばらく縮こまっていたが、彼は商店街に広がる紐を見た。

 無数の警報装置――爆発物のような、凶悪な罠があるかもしれない。対吸血鬼用のトラップを仕込んでいるかもしれない。だが、疲れ果てた脳みそが、かなり湾曲した解釈を現実に加えた。

「罠がある」と言う事は、近くに誰かが住んでいる拠点がある――

 正直な所、無謀と表現せざるを得ない。相手が誰かもわからずに、安全圏を求めてさまよう横田に、正しい判断力は無い。元々カルト宗教にのめり込む脳なら、猶更のことだろう。

 歪んだ思考と想像力だが……人間とは不思議なもので、時折過程をすっ飛ばして結論を導き出す事がある。残りの罠に時々引っかかりながらも、横田は一つだけ頑丈に防壁を張られた店を見つけた。

 あとは簡単だ。近場から鉄パイプを拝借し、使い捨ての荷台に乗って侵入。中に保管された食料と物資を奪って、何も考えずぼんやりと生きていた。

 だから、想像していなかった。

 この拠点の持ち主が、帰ってくることなど。


「よぉ横田。久しぶりだな」

「う……あ……」


 しかもその相手が……かつて共に暮らし、たもとを分かった男なのだから皮肉が過ぎる。今までとは別の種類の恐怖と絶望が湧き上がり、老いた晴嵐の顔は極寒のソレだ。これから激しく暴力を振るわれるのか? わなわなと握る拳から目を離せずにいると、後ろから別の誰かの声がする。


「横田様……ご無事でしたか……」


 誰かなのか、すぐに分からなかった。ロープを纏う姿から、恐らく同じ教団員の者だろう。声色から、本心からの安堵が伝わってくる。しかし湧き上がるのは……後悔と、不安と、恐怖ばかりだった。

 何をどう話せばいい? 信じた神に裏切られた事。自分たちの教義が間違っていた事。そこから横田は自分だけ生き残り、他の面々を見殺してしまった事。何より気まずいのは……彼はこの教団員の事を、全く覚えていない。

 そんなものだ。一般構成員の事など、組織上層は関心を持たない。横田だって、幹部関係者や仲の良い人間なら記憶できるが……残りの『その他大勢』に興味は無いのだ。

 だから、適当に言ってはぐらかしてしまう事も、珍しい対応じゃない。

 しかし、できない。

 今この場には……横田を冷たく見つめる晴嵐がいる――


「さて――なんでここに、お前がいるのか知らないが……すべて吐いて貰うぞ?」


 晴嵐は、有無を言わさない。

 今までの逃避、その代償をすべて払わせるかのような、鋭い詰問。

 本当は誤魔化したい。話したくなどない。けれど話すしか、許される可能性も無い。信者と、かつて信仰を優先して裏切った晴嵐へ……横田の身に起きた、横田に不都合な内容を……たっぷりと時間をかけて、吐かされた。

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