仮拠点の侵入者
前回のあらすじ
脱出を試みる中、放し飼いの化け物共と遭遇する。アクセルを踏み込み、全力で振り切り逃走を図る晴嵐。何とか逃避行の果てに辿りついたのは……
徐々に落ちていく太陽。もうすぐ日が沈み、吸血鬼が活発化してしまう。焦りと恐怖で蛇行運転を続け、知らない道をひたすら走り抜ける晴嵐。危うく迷子になる所だったが、サイドに挟んだ古い地図が役に立った。何とか見知った道に戻り、渋々ながら晴嵐は『仮拠点』に向かう。誰にも教えるべきではないが、変に揉めて身を危険に晒すよりはいい。後で引っ越せばよいと割り切り、隣の男に晴嵐は伝えた。
「とりあえず、わしの拠点で一夜を明かそう。いい加減疲れた。車の中じゃ、仮眠しかとれない」
「……いいのか?」
「余計な事をしないなら。丸腰でほっぽり出して、化けで出られても困る」
面倒を見る義理はない。助け合いの精神でも、目の前の男を信用したのでもない。ただこの状況で、争い事に発展して疲弊したくない。晴嵐自身も、突然の出来事に疲労を隠せない。けれど居座られても困る。軽トラックの速度を落としつつ、晴嵐は質問した。
「今日はいいとして……明日以降は? どこか行くあてはあるか? 近場なら送ってもいい」
「支部があると聞いた事は……でも最近は連絡が取れていなくて。もしかしたら……」
「……全滅したか」
「……多分」
気が重くなる。集団生活に慣れたこの男に、今更孤独に耐えられるだろうか? かといって保護する自信も晴嵐にはない。逆に孤独に生き過ぎた晴嵐は、たった二人でもうまくやっていけるかどうか……
電力の止まった自動駐車場。バーを取り除いた入り口を進み、無断で軽トラを晴嵐は停車させた。無断の駐車と出庫は、これで何回目だろうか? ふと考えて、唇を僅かに曲げる。つまらない事を考えられるなら、多少は余裕が生まれたのだろう。
「ここから交差点の二つ先に、古い商店街がある。その内の一つに、わしの拠点があるから……そこで今日は休むぞ」
「……悪いな。助かる」
「なら……運び出しを手伝ってくれ。今日の晩メシも入っている。それと……余計な物は触らず、必ずわしの後ろについてこい。下手な事をすると、トラップが動くぞ」
「わかった」
幸いな事に……助けた終末カルトの人間は、非常に従順な態度だ。今の所、逆らう様子も見せない。この人間にとっての『日常』が崩壊し、色々と考える余裕も、持てない状態なのだろう。晴嵐にとっての『交換屋』拠点が壊された時も、似たような気分だった。
因果と応報は巡る物。あの時は悪気が無いとはいえ――それもそれで信じられないが――『終末カルト』が加害者側だけど、今度は犠牲者側に回った。
ざまぁみろ、と言う気持ちもある。が、その黒い感情に囚われて何になる? 失われた物は帰って来ない。この世界では、滅びていくだけの世界では、ただただ時間で風化し、摩耗し、朽ちていくだけ。皮肉を返す気力も残っておらず、それよりも晴嵐は、危険な兆候に気が付いた。
「待て……おい、何か触ったか?」
「え? いや……分からない。無意識かもしれない」
「…………一旦荷物を置け、自衛用の武器は?」
「こんなのしかないが……」
ロープの袖口から取り出すのは、小さな果物ナイフだ。荒事の素人では、使いこなせるかも怪しい。どちらかと言えば、工具として携帯していたのだろう。無いよりはマシと割り切り、足元を指さし警戒を促した。ロープの男が首を傾げる。
「空き缶か? それがどうした?」
「これはわしが仕込んだ奴だ。中身に銀粉煙幕を詰めてある缶だよ。周辺には紐が張り巡らせてある。ひっかけると警報装置として落ちて、煙幕を散布する。人間なら普通に咳き込むが、化け物なら悲鳴を上げて逃げ出す」
「悲鳴は聞こえたか?」
「聞こえなかったが……粉末が地面から消えている。作動したのは最近じゃないな。以前ここに来たのは……20日前ぐらいな気がする。缶が残っているとなると……引っかけたのは数日前から、10日前後だろう」
「じゃあ、安全なんじゃ?」
「分からない。ここから去ったかもしれないし、潜伏しているかもしれない。ともかく、用心を。荷物は心配するな。ブツを運ばなくても、一日なら何とかなる」
物資も重要だが、命が一番。まずは生き残る事を最優先とする晴嵐に合わせ、警戒を最大にする二人。足音を殺す晴嵐の背で、不器用に足を運ぶロープの男。緊張感が高まる寂れた商店街で、静かに晴嵐が手を上げて制した。
「クソが。なんで悪い事は続くんだ……?」
「どうした?」
「拠点裏口の……クソッ、確かあそこはトイレの窓だ。台座か何か使って、強引に入りやがった……」
「あ……! 鉄パイプが落ちてる。あれで割ったのか」
「分かりやすい証拠品だ。しかもこの状況――中に立てこもっている可能性が高い。リーチが長い方がいいだろ? 持ち替えておけ。変な気は起こすなよ?」
「恩人をスイカ割りしないって」
どうだか。既に一度洗脳を食らって、悪びれも無く裏切った奴がいる。慎重に入り口の鍵を開け、足音を殺して室内に入る。
――犯人は、堂々と晴嵐の仮拠点で、深い眠りについていた。
「……どうして、あなたが」
ロープを着た男が呟く。自分と同じ……いや、自分より少しだけ装飾の入ったロープを着た不審者は、晴嵐にとっても衝撃だった。
何故、お前がここにいる? 横田……何も言わないソイツが目を覚ますまで、感情を殺して、待つしかなかった。




