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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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巻き添え

前回のあらすじ


主導者を失った『終末カルト』は、現実を見据えて、信念を曲げて生き伸び、仲間の帰りを待つグループと、信仰に極端に純粋なグループに分かれた。化け物の変化を『信仰を失ったから』と解釈し、真に信念を抱いているグループが、化け物の檻を解放する。

――自由を得た怪物は、目の前で檻を開けた愚かな獲物を貪った。

「何だ? 騒がしいな……」


 まさにその時、晴嵐は『終末カルト』と取引中の場面だった。

 厚めの黒い布や、黄色や金色の刺繍糸を納入していた……恐らくローブの材料だろう。数ロール分の反物たんものを荷下ろし中に、奥の方で混乱の気配が生じる。詮索は避ける晴嵐だが、漂う危険な気配を感じ取っていた。


「あっちは確か……使者様が暴れているのかな」

「使者様?」

「君らが言う所の『吸血鬼サッカー』がいる倉庫だよ。今は……まぁ、その、色々あって。ちょっと待っていてくれ。確認を急がせる」

「バックれるんじゃないぞ。まだそちらからの支払いが終わっていない。踏み倒す気なら……」

「大丈夫だ。ただ、少しだけ時間をくれ。えぇと……おい、そこの! 様子を見て来てほしい」

「は、はい! 何があったのでしょう……?」

「…………」


 相手の都合で待たされるのは、誰だって好ましくない。不機嫌な表情の晴嵐は、念のため懐の刃物の位置を確かめる。もしかしたら……『終末カルト』は晴嵐を襲う腹かもしれない。用心深く遠目で見つめていると、女性の悲鳴がこだました。

 なんだ? 何が起きている? 危険な状況と断じ、懐から大ぶりのサバイバルナイフを引き抜いた。ぎょっとする交渉者だが、さらに顔を青ざめる事態が広がっていた。次の瞬間、彼らの目の前で広がるのは――大量の『吸血鬼』の群れが、倉庫内から飛び出す悪夢めいた光景だ。


「!? おい、なんだあれは!?」

「わ、わからない! どうした!? 隔離していただろう!? なんで……」

「わたしに聞かないでよ! 檻が壊れたんじゃ!?」

「そんな馬鹿な! 懲罰用の……猛獣用だぞ!? 使者様の力でも壊せる訳が……」

「喋ってる場合か! 突っ込んで来るぞ!!」


 いちいち滅びの使者を、吸血鬼と変換しなければならないのが面倒くさい。ともかく現状、吸血鬼が襲い来る現実は変わらない。そして『終末カルト』の面々に襲い掛かり、血を啜り始めた。

 晴嵐には見慣れた光景。この滅びた世界において、どこにでもある景色の一つ。けれど『終末カルト』の人間には、全く不慣れな状況のようだ。


「あぁ……やはりもう、滅びの使者様は我々を救って下さらないのか……?」

「馬鹿野郎! ほうけるな!」


 一人突っ込んで来る吸血鬼に、晴嵐が鋭く刃物を投げつける。幸い狙いは違わずに命中。勢いのまま地面に転がり、ひくひくと血を流しながら痙攣した。

 なのにだ……既に戦闘態勢に入っている晴嵐と異なり、カルトメンバーは絶望の表情で立ち尽くしている。晴嵐は吠えた。


「おい! 何をしている!? 生きる気が無いのか!?」

「………………」

「あぁ……ははは…………」

「これが、これが救済? わたしは……わたしは、わたし達は信じていれば、平気で」


 絶望の呟きは、猛然と牙を剥く化け物には通じない。足が竦んで動けないのか、それとも思想と現実のギャップに、脳の処理が追い付かないのか……襲い掛かられた一人の信者が、怪物の牙に倒れる。悲鳴を上げる事も忘れて、味方だと思い込んでいた『滅びの使者』に食われていった。


「あ、あ、あぁ……!」


 晴嵐と取引を担当した信者は、目の前に広がる惨劇に固まるしかない。信じた相手に裏切られるのは、誰だって絶望を味わうしかない。それが人であれ、信念であれ、怪物であれ変わらないらしい。

 が、部外者の晴嵐は関係ない。この光景も何度も見た、破滅的な局面の一つだ。食いついた化け物に膝蹴りを食らわせ、瞬時に喉仏を貫く。まだ固まったままの信者を捨て置き、死にたてホヤホヤの死体へナイフを叩き込んだ。

 ――仲間の死体を損壊され、やっと少し理性が戻ったらしい。抗議の声を上げるが、これは『吸血鬼』と敵対しない『終末カルト』だからこその反応だった。


「な……し、死んだ人を殺す必要なんて……」

「馬鹿者! コイツは吸血鬼に吸い殺されたんだぞ! すぐに起き上がって復活する! その前に首を落としておけば、死体処理で済むだろうが!!」

「う……し、しかし、みんな仲間で……くそっ、どうしてだ!? 何が起こって……」

「原因追及は後で良い! 今は生きろ!」


 地獄で考え込むほど、馬鹿馬鹿しい事もあるまい。命があってこそ、現実を考察する余地も生まれる。この地獄に飛び込む義理はない晴嵐は、化け物たちから距離を取ろうとするが……目に見える数が多すぎる。既に三十を超えた化け物に対し、晴嵐は刃物を投げ捨ててから、特殊な煙幕を取り出した。

 粉末に銀を配合した『銀粉煙幕』――吸血種の弱点たる『銀』を、煙幕に配合したモノだ。使い捨ての道具だけれど、これの良い所は簡単に作成でき、効果も抜群。軽トラと敵を遮るように展開し、急いで軽トラックに走り込んだ。


「くそ……急げ急げ……!」


 空回りするエンジン。何度もキーを回す晴嵐。サイドブレーキは外し、必死に動けと念じる。ガタン! と荷台に重量物が乗る音にぎょっとし、振り向くと乗り込んだ取引相手の奴が、相乗りしていた。

 乗じて逃げる気か。振り払う時間も惜しく、晴嵐はエンジンをふかしつつ叫ぶ。


「おい! 重量物を下に降ろせ! 奴らへの障害物にしろ!」

「わ、わかった……!」


 派手な音と共に、いくつかの物品が転がるが、仕方ない。命は交換できないのだ。それに全くの無駄使いでもない。損失を訴える本心を宥めていると、やっと軽トラが唸りを上げる。別に助ける義理は無いが、無理に死体を増やす気も無い。見張りとしても使えるだろうから、同乗者に声を掛ける。


「いくぞ! 掴まれ!」

「あぁ……あぁ!」


 アクセルを全力で踏み込み、軽トラを何とか発進させる晴嵐。

 だが――彼らはまだ、窮地から逃れる事が出来ていなかった。

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