救うべき人なのか
前回のあらすじ
『文明復興組』のナンバー2との、サシでの会話に臨む晴嵐。食事も程々に、晴嵐は自分が見た物を話す。ナンバー2の宇谷も把握していないが、何が事実かを慎重に見極める姿勢だ……
「宇谷の言う通り……正直、殺された奴と殺した奴、奴隷同士の関係性は分からん。俺の見た物、感じた物も、あいつらの一面でしか無い……のかもしれん」
「……そうだな」
「だが、あの人間が全員……本当にただ『可哀相』な奴だと思えない。勿論全員がそうだとは言わないが……俺は……」
すべての感触を、言葉にして伝える事は出来ない。けれど晴嵐はどうにか、宇谷に伝えなければならないと思った。彼が思うに、あの奴隷身分の人間たちが……すべて保護すべき人間なのだろうか、そんな疑問が渦巻いていた。
「なぁ宇谷……一場面しか見ていない俺が、偉そうに言える事じゃないのかもしれないが……俺としては死んだ奴が、発狂するとは思えない。場面的にも分かるだろう? 長い籠城戦て疲れ果てて、終わりの見えない戦いに飲み込まれて……けど、耐え抜いて救援の手が来た。そんな場面だ。これでやっと全員助かるって状況で……発狂するか? 普通」
「…………無い。な。確かに不自然だ。精神疾患があるにしても……問題のある人間が、奴隷のまとめ役に抜擢されるとは思えない」
「感情で殺すにしても……指揮を終えた直後に、背中から殺る神経が分からん」
「そっちは……オレは説明できるが?」
「何?」
おっかない番犬が、裏切り行為への理解があると? 想像の外の言葉を、淡々と宇谷は告げた。
「奴隷目線で見れば……気に入らない奴を殺せる、最後のタイミングだから。それしかあるまい」
「どういう事だ」
「激化する闘争と戦闘の気配で、救出部隊が近づいて来る事は分かる。戦闘は激化し長期戦になったが、もちろんこっちの部隊は、お前が突入したと思われる事は知っている。目標の地下を発見した後、慎重に声を掛けた筈だ。そしてお前も、自分が対話に最適な人物と……救出部隊に、自分が対応すべきと考える」
「……当然だろう」
「そして晴嵐と俺達側の部隊が接触する。慎重に互いの身元を確認し合い、状況と情報を交換した。ある程度の手間と時間のかかる作業だが、これは仕方ない。だがそのやり取りを受け――お前の後ろにいる奴隷たちはこう考える。『戦闘に発展しない時点で、身の安全は約束された』ってな」
晴嵐が目を離した隙に起きた事を、第三者の目線で宇谷が語る。奴隷たちと分かれる直前の会話も、警戒はするが安堵の色が濃かった。晴嵐が出向いた時も……忠告こそあれ、ほぼほぼ救出隊と確信していた。
「誰もが気を抜いた。安堵が包んだ。だが恨みを抱いていた奴にしてみれば、それだけでは済まない。何かの拍子に『憎い奴』が死んでくれれば良かったが、生き残ってしまった。そしてこれからは保護を受ける。自分たちと一緒の立場で」
「あぁ……暴力に訴えるなら、救出直前が最後のタイミングだった……か」
文明復興組の部隊が来れば『地下の全員を保護する』だろう。無気力な者も、重い病の者も、槍を投げた者も、まとめ役も、地味ながら活躍した者も、等しく救いの手を差し伸べられただろう。だが……『覇権主義者に媚売って生き残っていた』と評されていた人物は、周囲の恨みと妬みを買っていた。一緒に保護される事を、良しとしないと考える者もいた……のだろう。
「どうにか防ぐことは……」
「難しいだろうな。事が起きた後なら、いくらでも言える。
たまたま被害者側が煽るような事を言ったのかもしれない。加害者側に魔が差しただけかもしれない。もしかしたら……俺達の邪推は関係なく、証言が真実かもしれないし――何か、不幸な事故の可能性もある。一つはっきり言えるのは……お前に落ち度があったとは思えん。それだけは確かだ」
だから、必要以上に自分を責めるな――言外の慰めに虚を突かれたが、晴嵐の本懐から離れている。胸にこみ上げる鼓動を抑えて、晴嵐は「そうじゃない」と訴えた。
「違うんだ宇谷。俺が言いたいのはそうじゃない」
「…………聞こう」
「俺の見た物が、一側面でしかない事は分かる。その上で強く言わせてくれ。お前らは……あの元奴隷たちを、全員甲斐甲斐しく世話するつもりか?」
「…………そうだ」
晴嵐が懸念していた通りの返事だ。彼は眉を怒らせ嘆息を一つ。
彼が見た内乱は――少なからず歪んでいた晴嵐の精神に、さらに強い歪みをもたらしていた。強い疑念と彼なりの理性で出した結論を、宇谷に向けて叩きつける。
「宇谷……誰を救済するべきか、何を優先すべきかは、選ぶ必要があるだろう? 確かに可哀相な奴もいる。不当に扱われた奴もいるかもしれない。だがな、努力して底から這い上がろうとする奴を……身勝手な嫉妬で、背中から撃つような奴は救うべきじゃない。その場面を、嘘で塗り固めるような奴らもだ。
分かるだろう? 恩を仇で返す奴はいる。ましてやこの時世だ。リソースを食うだけ食って、作業効率の悪い連中を優先する必要はあるのか? お前らの目標――『文明の復活』に、どこまで貢献するのか、役に立つのか曖昧な奴を……今ここで、救う必要があるのか?」
それが晴嵐の結論だった。それが晴嵐の判断だった。この一言を伝える為に、わざわざ彼は『二人きりの対談を要求』した。
理想家の多い『文明復興組』で、冷徹かつ現実的な言葉を口にすれば、恐らくいい顔はされない。だから晴嵐は、自分に近い気配のする――『物騒な気配』を纏うこの男、宇谷遊坂を指名し、対談を希望したのだ。
強い言葉と、眼光で詰め寄る晴嵐。理解を期待した彼の想像を、宇谷はある意味、裏切って見せた。




