救援と死
前回のあらすじ
奴隷同士で相談し、晴嵐も『最奥』へ行く事を許された。そこで彼が目にしたのは、使い捨てにされ死にゆくのを待つだけの人々。人を使い捨てにする地獄から、遠ざかろうと努力したまとめ役。出し抜かれたと憤慨する槍使いの奴隷。古い小説の『蜘蛛の糸』を思い浮かべ、嫌な予感の中、ついに救助の手がやって来た。
声が聞こえてくる。今までとは違う、気迫に溢れた声が。長く続いた戦闘に疲弊した、覇権主義者連中の物とは異なる。追い込まれた者達が、ますます地下に殺到するが……墓場の中に紛れた奴隷たちが、奴らを必死に追い払う。
時間差で炸裂する『ブービートラップ』は、少し前に起動したらしい。周辺にパチンコ玉をまき散らし、廊下を転がり血の海で立ち止まる。もう、どれだけこの場所にいたか分からないが、疲れ果てた頭でも、救済の声ははっきり届くらしい。
「ここが地下か……? 誰かいるか!? 『覇権主義者』の者でもいい! 戦闘の意思のない者は武器を捨てろ! こちらはむやみに殺す気は無い!! 俺たちは『文明復興組』に属する者だ! それと大平晴嵐はいるか!? 返事をしてくれ!」
消耗しきった奴隷は無反応。少し頑張っていた奴隷には、天使の福音に聞こえた。晴嵐、槍投げ、まとめ役の奴隷も顔をあげるが、晴嵐は用心深さを残し、周囲に目を配らせる。
「……確認してくる。少しそこで待っていてくれ。俺たちを誘い出す為の罠かもしれん」
「どう……かな。声色が『覇権主義者』連中の棘っぽさが無いけど」
「オレもそう思うけどよ……でも、警戒した方が良いって、晴嵐サンの意見も分かる。罠と感じたら急いで逃げろよ。逆に大丈夫なら――」
「あぁ、すぐに大声上げて伝えるさ。こんな地獄はもうコリゴリだ」
「言えてら」
「頼みます」
誰も彼もが疲れ果てている。これで終わってくれるなら、それに越した事は無い。晴嵐が血まみれの地下室、バリケードと爆発物、武器と戦闘の応酬の名残に塗れた地下を進んだ。
むせ返るような内臓と血の臭いなのに、何も感情が湧かない。感覚や精神は完全にマヒしているのに、触覚だけは明確で、肌を舐める生ぬるい空気は感じた。
淀んでいるようで、熱の流れ、風の流れは決して停滞する事が無い。上階に続く階段手前で、慎重に降りようとする一団を呼び止めた。
「待てそこの一団! トラップがある! 敵対する気が無いなら、それ以上進むな!」
「! 誰だ?」
「地下で籠城中の者だ。そちらは『覇権主義者』勢力ではない、と聞いたが?」
晴嵐はひとまず、自分の名前を使わない。地下に籠る奴隷のフリで、相手の出方をうかがった。騙す気でいるのか、それとも本命か……嘘ならボロが出るに違いない。上の一団も誤解の無いよう、慎重に下界へ声を発する。
「そうだ。こちらは『文明復興組』に属している。子供や奴隷、無実の人間が多くいると聞いて、上の合議により部隊を派遣した」
「硬い事を言われても分からないが……外の状況はどうなった? クソ覇権主義者共は?」
「戦闘は終結した。各派閥で身を食いあって、こちらの部隊の強襲に耐えられなかったようだ。ただ、投降した者もほとんどいない」
「生存者はここ以外ゼロか……?」
「いや、北のコンビニ跡地に生き残りが集まっている。ヨモと言う男と、護衛されていた子供……それと、逃亡した数十名を確保した。君の知っている顔も、生き残っているかもしれない」
「そいつは朗報だ」
北のコンビニ跡地――ここに飛び込む前晴嵐を助け、手製の空き缶手榴弾に助けられた少年が、そこに向かうと言っていた。護衛者含め、彼らも生き残れたらしい。場所も合致する事から、嘘ではないだろう。戦闘中の覇権主義者では、安全地帯に気を配れない。本命と判断し、彼も名乗った。
「ふぅ……全く、もう少し早く来て欲しかったよ。俺が大平 晴嵐だ」
「は……え、は? 本当か? なんで連絡を寄こさなかった」
「無線機がスプリンクラーで濡れちまって……」
「確かに床に痕跡があるが……通信相手の名前は?」
「宇谷 遊坂。おっかない番犬野郎」
「……ははは、アンタもそう思う?」
「本人には言うなよ」
「いや、あの人……薄々だけど自覚ある。今度面と向かって言ってやれ」
ジョークを交え、宇谷との関係を示しつつ名乗る。ただの軽口でも本人確認に効果的だ。文明復興組側としても、晴嵐かどうかの確認は必須である。
「すまない、こちらも命が惜しいんだ」
「俺だってそうだ。地下に立てこもっている奴らも」
「何人いる?」
「百名近いが……助けられそうなのは、半分いるかどうか……それと、エグいのは大丈夫か? 生理的にも精神的にもキツいぞ。ここから先は」
「舐めるな。ここに到着するまで、何を見て来たと思ってる」
血塗られた世界を見て来た彼らに、こんな警告は釈迦に説法。後ろの隊員に話をつけて、先頭からぞろぞろと部隊が降りてくる。
――信じられないが、彼らは特殊部隊さながらの重装備だ。ここの機動部隊と恰好が変わらない。ゴツいボディーアーマーにミリタリージャケット、なるほどこの装備なら覇権主義者相手とも撃ち合えるだろう。
敵なら恐ろしいが、味方なら心強い。もう安心だと胸を撫で下ろした刹那、晴嵐の背後で炸裂音が三回響いた。
銃声。反射的に全員の肩が跳ねた。何故背後から? と絶望的な表情を作る。部隊全員も気を引き締め、一瞬で戦闘態勢に入る。
「何だ……? 晴嵐、どういう事だ」
「分からん。もう矢も銃弾も尽きている筈だ。あり得ない」
「他の侵入経路も無いぞ……」
全員が警戒し、慎重に歩みを進め『最奥の部屋』に辿りつく。
――奴隷のまとめ役が、銃弾に倒れていた。撃ったのは槍投げの奴隷。今は銃を捨てて、へらりと嗤ってあっけらかんと告げる。
「コイツ、銃隠し持ってやがった。オレを殺そうとしたから……正当防衛だ。だろ? みんな」
――周囲の奴隷たちに同意を求める、槍使いの奴隷。何が起きたのか分からない。まとめ役の男も、まるで不意打ちを食らったかのような表情で死んでいる。状況の読めない救出者、呆然とする晴嵐の目の前で――誰も彼もが、卑屈で不快な笑みを浮かべていた。




