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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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人の使い捨て

前回のあらすじ


長期戦で疲弊し、徐々に押し込まれる地下籠城組。もはや前線を維持する事は不可能と判断し、奴隷のまとめ役が、歯切れ悪く後方への撤退を提案した。

 さらなる後退……この『覇権主義者拠点』における地下、元は警察署であり、留置所を流用したその奥地に何があるのか。気にはしつつも、余計な質問になりそうで、晴嵐は問い正さなかった。方針が決定した今も、よほど晴嵐に見せたくないのか、奴隷同士で口論に発展。奴隷のまとめ役と槍使いは、元々不仲な臭いを漂わせており……特にまとめ役側が難色を示していた。


「晴嵐さんは……手前で待機してもらう。あの部屋を見せるのは……」

「前に出していたら、孤立して死ぬかもしれないじゃないか! 生きて貰っていた方が良いだろう! 助けに来る『文明復興組』との会話だって、俺らがやるよりスムーズだろ。荒事だってお前より任せられる」

「……しかし、この光景に耐えられるか?」

「…………わかんねぇけど、見殺しにするってんなら、俺たちにも考えがあるぞ」

「――本当にいいんだな? 何をしていたかを、知られても」

「強制されたんだ。俺たちは悪くない。お前を除いて」

「……避けられるなら、避けたいだろう。こんな事」

「…………それはそうだ」


 戦闘の小康状態を見計らい、晴嵐と少数の奴隷が見張りを担当する中、後ろで語気を荒くしている。既に晴嵐は撤退の準備として、隣の奴隷からワイヤーを受け取っていた。奴隷も適当に、バリケードの残骸を手に監視しつつ……晴嵐の行動を問う。


「何をしているの……? ただのワイヤートラップなら、そんな時間をかけなくても良いんじゃ?」

「……最後の爆弾にワイヤーを括り付ける。敵がこっちに入って来て、張られた糸に足を引っかければピンが抜けて……」

「う、うわぁ……エグい事考えるなぁ……でも普通に使わないの?」

「この爆弾、イマイチ信用ならん。手投げで使うより、トラップにしちまった方が不発でも気兼ねない。作動すればそれで良し、外れても計算は狂わん。さっきは不発一歩手前だったからな……」


 一個目は数秒で起爆したが、二個目は起爆まで十秒以上のタイムラグが存在していた。これでは、三個目が何秒で爆発するか分からない。予測が狂ってやきもきするくらいなら、使い捨てのブービートラップに転用した方が良い。もし『文明復興組』がやって来たとしても、事前に話せば暴発は避けられるだろう。

 最低限のバリケード補修とトラップを仕込む中、奴隷たちの相談が終わった。


「……わりぃな晴嵐さん、やっと許可が下りた。ただ――」

「覚悟してくれ、か? 何を今更。この地獄を作った仲じゃないか」

「地獄の方向が違うのさ」

「この世界の人間は皆、地獄逝き決定だよ」


 軽口を叩けたのは、ここまでだった。笑う気力もない槍投げ奴隷が、硬い表情で奥地に招く。地下の留置所、何度も匂わせながら侵入を避けられた理由を、晴嵐は知る事になる……


「なんだ、これは……」


 百人近くが籠城していると、奴隷のまとめ役が言っていた。その中で動けるのは四分の一以下だ。原因は精神的な物で、皆希望を持つ事に疲れ切ってしまったからだと。

 ――百人近くの人間がいて『それだけ』な訳が無かったのだ。

 奴隷とは……いくらでも代わりのいる、使い捨ての人員。

 悪環境悪条件で、こき使われていたならば……全員が全員、健康な体を維持できる訳が無い。病気を患った者、体の一部を……指や鼻、眼球や四肢の一部を失った者、崩壊前の世界であれば『障害者』と呼ばれていた人々の姿がそこにあった。

 異様な空気……もっと言うなら、腐り果て淀んだ空気が、この場を支配している。精神の退廃だけじゃない。生きたまま……生身の人の身体が、文字通り『腐敗』する臭いが、狭苦しい室内に充満していた。


「……悪い。こんな場所で」

「……見せたくない理由は分かる。こいつらは一体」

「死ぬのを待つだけの人間だよ。使えなくなったり、病を患ったから隔離して……」


 ここで、死ぬまで放置する……惨い仕打ちと思う反面、同時に酷く『合理的』な考えにぞっとした。

 ――文明は崩壊した。高度な医療処置には知識と技術、そして生産困難な各種薬品や医療器具が必要だ。余裕のあった崩壊前なら、医者も器具も準備できたが……今この世界では、抗生物質一つでさえ貴重品だ。

 だから――病気にかかった奴隷に、いちいち薬を使用する余裕が無い。肉体の一部を喪失した人物も同様で、使えなくなったモノは『病気を移されぬよう隔離して廃棄』していた……

 病原菌を、健康な人間に移されてはたまらない。だから地下に押し込めた。一生物の傷を負った奴隷も、使い道はあると思うが……『覇権主義者』の思想、強者による統治は、大量の敗者弱者をゴミのように廃棄する側面があった。


「……こうはなりたくない。誰だってそうだ。ただの奴隷扱いじゃ、いつかここに落ちる。だから……おれは手段を選ばなかった。まとめ役の奴隷って立場なら、ほんの少しだけここから遠ざかれる」


 聞いてもいないのに、まとめ役は言い訳を始めた。……罪悪感があるのだろう。部外者の晴嵐に話すのもどうかと思うが、すぐに鋭い反論が槍のように飛んできた。


「ふざけんな。毎日キツい労働してたンだぞこっちは。なんで使い捨てにされなきゃいけねぇんだボケ。お前だけココから逃げるんじゃねぇよ」

「はぁ……」


 ――古い小説の『蜘蛛の糸』を思い出す。地獄から抜け出そうとする者を、後から続いて亡者たちが追いすがる。最後は糸が切れて、誰も奈落の底から抜け出せない……

 不吉な連想は、目の前に広がる生きたまま死んでいく墓場を目にしたからか? 深くため息を吐いたその時、一つ激しい轟音が、天井から響いていた……

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