第一波
前回のあらすじ
気力の衰えた奴隷たちが、バリケード前でたむろする。やって来るのは、落ち武者めいたお客さんたち。防具も装備も整えられているが、消耗を嫌って全力を出さない。地下の攻防が始まる……
奴隷たちの士気は低く、侵入者の士気はそこそこ。装備差は明らかだが、地形の優位は奴隷側にある。加えて『覇権主義者の落ち武者たち』は、銃器を保持していながら、利用を控えていた。
「舐め腐りやがって……! 死ねやオラァ!!」
怒りをむき出しにして、鉄パイプの投げ槍に力を籠める奴隷。咆哮と共にブン投げられた槍は、真っ直ぐに敵目がけて飛んでいった。
が、そう何度も直撃は出来ない。相手も対応し左右に別れ、投擲物を回避する。反撃に構えた武器を見て、槍を投げ終えた奴隷は素早く身をかがめた。
風を切り飛翔するのは、鋼鉄で作られた鋭い矢。発射音の少ない自動弩が、バリケードに深々と突き刺さった。
貫通こそしなかったが、人体に直撃した時の事は考えたくない。銃器よりマシとはいえ、殺傷力は十分だ。
「やべぇな! 絶対に食らうなよ!」
「ひぃいい……」
「落ち着け! 銃と比べれりゃ連射が効かない。向こうは防具が充実しているが、こっちの武器でも戦える! 踏ん張れ!」
銃弾を防ぐ装具でも、鉄パイプの投擲なら貫通し得る。他にも通じる武器はいくつかあった。晴嵐は置かれた武器を手に取り、投擲する。
砂を詰めた靴下……『ブラックジャック』と言うお手製鈍器は、口を縛りつけてあり、中身は水で濡れてずっしりと重い。
ただの砂と侮るなかれ。この原始的な鈍器は、窓ガラス程度なら簡単に砕く事も出来る。十分に質量を伴ったソレを、バリケード越しに山なりに投擲した。
「なんだありゃ? ストッキング?」
「侮るな馬鹿者! 避け――」
「ぐぇ」
ゴッ! と鈍く凹む音。ヘルメット越しに頭蓋まで凹ませたかもしれない。手ごたえを感じたものの、返ってくるのは反撃の矢の雨だ。
敵の装備はボウガンだけではない。室内での取り回しを想定した、短めの弓も装備している。本来鉄製の矢を使うには張力が足りないが……最低限使えるなら何でもいい。急ごしらえの装備で襲ってくるが、破壊力は明らかに低かった。
「うぅううっ! 怖ぇよ……」
「ビビるな! 相手はクソ和田だぞ! あのいけすけねぇ面をボコボコにしてやりたくねぇのか!?」
「う、う、うおおおおおおっ!!」
なけなしの勇気を振り絞る奴隷は、必死に隠れたまま投擲物を連打する。狙いも破壊力も大したことが無いが、注意の逸れた隙に晴嵐は一瞬だけ顔を出し、ナイフを投げつける。
ヘルメット付きは狙えない。防刃か防弾か分からないが、防具を着込んでいる相手の胸も狙えない。けれど戦闘で疲弊していれば、ヘルメットを失った者もいる――一瞬の判断で標的を定め、三本連続で投げつける。
「がっ……!」
「ひっ!? わ、和田様! こ、これでは……!」
「いちいち怯むな! 退路は――」
「何を言っているのです!? 奴隷程度、容易に制圧できると仰っていたではありませんか! これでは話が違います!」
「お前たちも賛同していただろう!? 簡単に踏みつぶせるか、すぐに降伏するに違いないと。名案だと後押ししていたではないか……!」
防具を身に着けた連中が、内輪揉めを始めた。やはり人間、自分の命が掛かればなりふり構わなくなる。攻撃の手を緩めたのを見て、ますます奴隷たちの反撃は激しくなった。
「死に腐れ……こんっのクソ野郎どもがぁああっ!!」
憎しみを流しこむかのような投擲が、揉め事中の後方まで飛んでいく。言霊を込めた鉄パイプの投げ槍が、何かの呪詛を宿していたのだろうか? 誘導するかのように、真っ直ぐに主導者……和田と名乗る人間の頭部に直撃した。
巨大な質量弾だ。ヘルメット程度で防げる訳もなく……どさりとその場に倒れ込む。どう見ても即死。あれほど文句を言っていた人間も、ざっと青ざめて混乱を広げた。
「あ、あぁ……あぁぁあ!? わ、和田様! 和田様が……!」
「クソ奴隷が……やりやがったな!?」
「おい! 全然楽に制圧できねぇじゃんかよ! このままじゃ全滅だ!」
「ひいいぃぃいっ!!」
舐めていた相手からの、想像以上の反撃。リーダー格との齟齬と死亡が、侵入者集団を瓦解させた。いくら優れた防具を身に着けていても、精神までは守れない。襲撃時とは裏腹に、散り散りに階段上へと逃げ帰っていった。
深追いはしない。する必要もない。彼らにしてみれば『戦闘終了までここで耐える』事が目標だ。憎しみはあれど、目標の順番を間違えはしない。
「た、助かった……?」
「お、俺たちでもやれば出来る……のかな」
相当痛めつけられていたらしい。些細な勝利でも、彼らの表情には歓喜がある。口を出したかったが……やめた。奴隷たちの感情に嘘はなく、水を差すのを晴嵐は躊躇った。
だから彼は、行動で示す。仕留めた敵の死体に歩み寄り、その装備を奪う。
「弓は……だいぶ荒いな。矢の方も重すぎる。ボウガン用を流用しているのか……」
出来は悪いが、無いよりマシ。ブラックジャックをブン投げるよりは連射もできる。晴嵐に続いて槍の名手が歩み寄り、同じように死体からさっさと漁る。ちらりと流し目で伺いつつ、様子を尋ねた。
「こっちのボウガンはダメだ。弦が切れてたり曲がってやがる。直せなくはないが……時間も道具も無い」
「一丁だけ無事そうなのがある。どうだ? 見てくれ」
「――ほぼ完品だ。これなら……」
「……って、弦が固った!? これ装填できんの? やっぱ壊れてる?」
「あまり俺も詳しくないが……ともかく回収を急ごう。次の敵が来るかもしれない。バリケードの補修や諸々、やらなきゃいかん事があるぞ」
「それもそうだ……はぁ、早く助けが来ねぇかな」
期待を寄せられても困る。我関せずの態度の晴嵐だが、槍使いは多少気を許したのか苦笑で答えた。




