地下防衛戦
前回のあらすじ
疲れ果てた奴隷たちに、もう一度『文明復興組』との会話を伝える。疑り深く、無気力な者達に何とか協力を取り付けた。クソ環境で生きた人間はああなる。地獄から抜け出すために、必死になるべき場面で、全力を出せない。それでも協力するしかない。これから始まる事態に備えつつ、救援を待っていた。
身も心もボロボロの奴隷たち。率いる者と反抗的な者は、晴嵐目線でも比較的『普通』な対応を見せていた。
この場合の『普通』とは、自分の命と未来が掛かっている場面で、全力で取り込める事を指す。力を発揮すべき場面で、死力を尽くすべき場面で、正しく全霊を投じる事が出来る事を示す。
「はぁ……もうやだぁ……」
「あと何回こんな事すればいいんだか……」
「だっる……」
が、ここにいる人間の多くは、既に『普通』からかけ離れた思考をしている。劣悪環境が原因なのか、本人の資質なのか……ここ一番で力を発揮できない状態だ。恐らく数多の仕打ちか絶望かで、正常な判断を失っている。
愚か者、と呼べばそうなのかもしれない。しかし奴隷扱いを受けて、身も心も擦り切れているのに、その上で冷静な思考と判断を持てる人間が何人いると言うのだ?
「……協力してくれるだけ、マシな方だが」
何を言っても、どう訴えても動かない人間が、奥の方で無気力に横たわっている……らしい。直接目にした訳じゃないが、やる気のない奴隷の群れを見れば納得する。足を引っ張られる方が怖く、晴嵐も、反抗的な奴も、そして奴隷の監督役に収まった奴隷としても、彼らの事は放置せざるを得ない状況だ。
「バリケードの補強と、ワイヤーは引けたか?」
「あー……うん。多分」
「要らねぇ物、適当に積んだだけだし……これでいいのかなぁ?」
「自分で通ってみろ。それで邪魔になるなら、効果ありだ」
「うーん……うん。いい感じ、かな」
「ワイヤーは……これ効果あるのか?」
「トチ狂って突っ込んでくれば、相手から勝手に体を切ってくれる。運が良ければ首を輪切りだ」
「ぐ、グロい……」
「やらなきゃこっちが穴あきチーズか……全身釘バットで殴られてミンチ肉だが?」
「……ここが地獄か」
「現世だよ」
地獄めいた光景を、現実に作ってしまったのが人間だ。そして現在進行形で、血の沼は広がり続けている。爆音か、人の醜さか、それとも両方で心が擦り切れてしまったのだろうか。奴隷と別の意味で、感情の死んだ晴嵐は敵の気配を感知した。
「お客さんが来るぞ。自信のない奴は下がれ」
「ひっ……す、すいません」
「向き不向きがある。任せておけ」
急いでバリケードの奥の方まで引っ込み、晴嵐含む戦闘意思のある人間が前面へ。数が多い。十人近いか? おまけに敗走と違い、足並みが揃っている雰囲気が漂っていた。
晴嵐は判断を下す。集団相手なら、拳銃の乱射や投げ槍より効果的な武器が、彼の手元に三つある。空き缶を改造した手榴弾を、即座に晴嵐は投げ入れていた。
ピンを抜き、ずっしりと重い空き缶が転がる。階段の奥、曲がり角の踊り場目がけて投擲した晴嵐は、急いで周囲の人間に下がるように目線で合図。接近中の敵の足音が止まった刹那、軽い破裂音と共に鉄の球が周辺にはじけ飛んだ。
階下に転がるのは、何度か壁に当たって勢いの落ちた球。だが破裂した直後は、火薬に押されて四散した弾丸だ。指向性地雷――クレイモアに近い破壊力を発揮し、敵に多大な手傷を負わせたらしい。
(……子供が遊びで作るには、凶悪過ぎるな)
頼れると思う反面、怖ろしいとも感じる晴嵐。後で参考にしたいが、残り二つを使わずに切り抜ける自信は無い。そして厄介な事に……この一発で怯みはしたが、諦めてはくれないらしい。
「怯むな! ここより他に退路は無い! 下にいるのは奴隷共だけだ! 蹴散らせ!」
「……だそうだ。抵抗するぞ」
「ナメやがって……!」
反骨精神を燃え上がらせ、口の悪い奴隷が激昂する。同じ身分、同じ立場の言葉なら、多少は共感を得られるらしい。激情に呼応し、気力が尽きかけた者も少しだけやる気を出す。残骸を加工した投げ槍を、バリケードの上から上体を出して構えた。晴嵐はバリケードまで引くと、投げナイフを取り出し敵襲に備える。
重量感の足音と共に現れたのは、警官服ではなかった。遠い昔に映画やドラマで見た、機動部隊……だったか? 暴動鎮圧用の装備で降り立ち、奴隷と晴嵐たちの前に立ちはだかる。
ヘルメットで頭部を、目線をバイザーで防護したそいつらは……手榴弾の一撃で致命傷を負っていない。ヒビの部分が生身に直撃していれば、殺しきれていただろうに!
「奴隷のくせに生意気な……!」
「いっちょ前にバリケードまで……和田様、いかがしますか?」
「どの道ここ以外退路は無い。進め!」
「「「「はっ!!」」」」
数は10名前後だが、明らかに気力が違う。装備差を感じつつも、奴隷は奴隷で意外にも奮起していた。
「いくぞ……復讐だ!」
「う、うおおおおおっ!!」
「お前らのせいだ……お前らのせいだっ……!!」
積極的に襲わないだけで、恨みつらみは募っていたらしい。咆哮と共に槍の名手がブン投げると、腹部に真っ直ぐ突き刺さった。
歓喜と悲鳴が交差する。怒りと復讐心から来る愉悦が、無気力な者達に火を灯していた。自分たちでもできる。主人気取りの鬼畜共を、自分の手でブチ転がすことが出来ると目にし、投擲物を投げて応戦した。
その光景に、侵入者たちも憤慨する。
「うっ……ぐ……」
「野蛮な奴め……!」
一人がリボルバー拳銃を引き抜くが、リーダーが慌てて止めた。
「――銃は使うな! 弓とボウガンを!」
「しかし!」
「こんな雑魚相手に、弾薬を消費する訳にはいかん! この地点を確保した後は、こっちが防衛線を敷かなければ……結局上の抗争に巻き込まれて死ぬぞ!」
「くっ……」
彼らは彼らで、都合があるらしい。銃を収めると、取り回しの悪い弓と自動弓を取り出し、奴隷たちに向けて照準する。
咄嗟にしゃがんで身を隠し、バリケードに突き刺さるいくつもの弓矢。
地下を巡る本格的な攻防は、ここから始まった。




