切り替え
前回のあらすじ
宇谷に情報を渡す中、彼は晴嵐が救出した子供を出すように要求した。受け取るとすぐに泣き落としに入り、あっという間に『文明復興組』を落として、救出すべきと話題を誘導する。晴嵐にも指示を出し、生存見込みを可能な範囲で助けてくれと依頼を受けた。
この子供は何なのだろう。晴嵐は心底不気味に思った。完全にやってる事が俳優……いや、事態を動かした所を見るに、表と裏を完璧に使い分ける政治家めいていた。大人なら警戒も可能だろうが、見た目も声も小学生では、疑う事も難しい。実際にこの目で見たとしても、いかんせん信じがたい。精神の成熟……と言うより、本来大人が持つ黒さを身に着けた子供は晴嵐を見つめ、話の内容の開示を求めていた。
「交渉は終わった。これから『文明復興組』が、無実の人間に対し保護に入るそうだ」
「あれ、依頼主の名前言っていいの?」
「お前の頭なら……もう推測が付いているんじゃないか? 隠した所で、組織の人間が大勢来る以上……そこでバレる。口止め料も貰ってないし、別に契約違反でも何でもない」
それでも最初隠す気になったのは、妙に頭の回る相手に、迂闊に漏らすべきではないと考えたから。直感的な判断だが、恐らくは間違っていない。現に子供は笑って見せた。
「そうだね。こんな『お人よし』は『文明復興組』以外あり得ない。『終末カルト』連中は、もう少し胡散臭く画策するもん。ちょっと信じられないけど……ま、助けてもらう立場だから、偉そうに言う気はないけどねー」
「……お前何者だ?」
「誰だっていいじゃん。ただの子供だよ」
「嘘つけ……まぁ、正直に話せない事は分かったよ」
こんな状況で護衛者をつけ、咄嗟に逃げるにしても……銃座側に逃げて敵を撃退したり、無線機越しの見事な猫の被りっぷりといい、只者ではない。
薄々だが……晴嵐は正体に察しをつけていた。
(……ガキを作れるのは『覇権主義者』の上位連中……だったか。コイツ、色々と仕込まれていそうだな)
イかれた時代と、強権主義の組織に生まれた子供……帝王学とやらを学んでいてもおかしくない。自分が子供な事まで武器に使うとは、末恐ろしいと感じつつも……こんな場所で泣き喚いて、座りっぱなしの奴よりは生き残れるか。現に増援を呼ぶきっかけを作っている。完全にガキ扱いを止め、晴嵐は護衛者の奴にも話しかけた。
「……そこのお守り。不服だろうが……大人しく『文明復興組』の救助を待てるか? 合流ポイントは……お前、どこと言ったか?」
「北側のコンビニ跡地だね。結構大きいトコ。今は廃墟だけど、人数がいても大丈夫。てか、おじさんは知らないの?」
「搬入する時は『必ず西側を通れ』と指示を受けていたからな……別にモノを入れるだけだし、通り道ぐらいしか知らん」
「そっか。ヨモ、付いて来てくれるよね……って、すごい顔してる。不満?」
「……切り替えは大人の方が難しんだよ。坊や」
憤懣なのか、恥辱に塗れていると言えば良いのか。ともかく腹に据えかねる……負の激情が渦巻くが、吐き出せず喘いでいる表情……こればかりは若い人間には分かるまい。
信じていたモノ、積み上げていくモノ、人が年月を重ね、組織なり信念なり掲げて、投資を続けていたモノ……それが崩れ去り、無価値となり、後には浪費した時間とエネルギーが空虚に横たわる瞬間……この『覇権主義者』の護衛者が味わっているのは、まさにそれだ。
若ければ『またやり直せる』と息巻く事も出来る。確かに積んだ時間と労力が短い分、何とか積み立て直す事は可能だろう。しかしそれが30を過ぎ、40、50の時に崩れると、一気に人生はダメになる。
やり直すには遅く、諦めるには血と汗を流し過ぎた時期。もう少し年を食った後ならば……これが自分の人生の収支だと、苦々しく敗残者として去る事も出来るかもしれない。諦めがつくとも言えるが、この年代は投げ出すには早すぎる。
ましてや救いの主は、敵対していた組織だ。『覇権主義者』に所属している人間としては『そんな甘ちゃんに助けられるのは、屈辱極まる』と言った所だろう。
晴嵐も拠点を潰されたので、気持ちは分からなくもない。しかし揉めている時間も惜しいので、説得は最低限に留めた。
「……まだ手元に、守るべき人間が残っただけマシだと思え。本当に絶望するのは、そのガキが無残に殺された後にしろ」
「ちょっとちょっと! 簡単に殺さないでよ!」
「簡単に人が死ぬ所を見ただろう。恥だのなんだのは、そこのガキを守る為の行動と納得しろ。出来なくても、それが最善だと分かるだろ。ここまで……護衛しきった頭なら」
その時の反応は……妙だった。まるでほっとするような……てっきり嫌味の一つや二つを覚悟していたが、思いのほか素直に護衛者は返す。
「…………了解した。お前は、どうする気だ」
「増援の到着まで、ここに留まって地獄から一人でも救出する。それが依頼の内容なのでな。ついでに使えそうな物はいただくが、文句言うなよ」
「お前も大概お人よしだな」
「うるせぇ。俺はただの交換屋だ」
会話を切り、銃声鳴り響く地獄を見つめる晴嵐。その時子供は裾を掴み、上目使いで道具を渡した。
方位磁石……あるいはコンパス。方角を示す道具を渡して、彼は言う。
「……国道沿いのコンビニは真北にあるから、すぐに分かる筈。これで方向を指示して。それと……地下に留置所? を転用した場所がある。そこに立てこもってる人も見たから、後続の人に教えてあげて。多分無事だと思う」
「そいつはいい。あの建物の中に入れるならな」
「それなら……ふふ、良いのがあるよ。おじさん」
そう言って取り出したのは、強引に蓋を閉じた缶詰が三つ。随分と小さいが、手渡されたソレの正体にぎょっとした。
「中には爆薬とパチンコ玉が入ってる。ピンを抜けば……数秒後にドカン! だ」
「お、おま……なんてもの持ってやがる!?」
自作の破片手榴弾まで……しかも人に渡す余裕があるなら、まだいくつか自衛用に持っているに違いない。こんな時だけ子供の用に、にししと無邪気に笑って見せた。
「人に向けて試した事無いから、感想を教えて欲しい。それが対価って事で」
「…………ったく」
とはいえ、この状況で武器の補充はありがたい。助けた甲斐はあったか。
――話を切り、晴嵐と軽く目を合わせてから、二人は撤退に入る。
あと何人、救えるのだろうか。救うために握った爆弾は、矛盾の重みをごろりと伝えた。




