禁域に潜む者
前回のあらすじ
洞窟の探査に当たるシエラとは別に、逃げたオーク達を追撃する村の兵士たち。十二分な打撃を与え、壊滅は時間の問題に思えたが……オーク以外が侵入できない『グラドーの森の禁域』に阻まれ、追撃を断念した。
必死の思いで逃げ切った、十数名のオークたち。
一時は方向さえ見失ったが、群れの長は最速で禁域に駆け込んだ。
この土地で縄張りを作る最大のメリットだ。オーク達は便利な石を使わずとも、身体にはっきり染みついている。我先にと安全地帯に身を隠し、後から他の仲間たちも続いた。
全員一人残らずボロボロ。長も代用品の大剣が傷だらけで、豪奢な首飾りも……落ちのびた後では逆に虚しい。凄まじい憎悪を瞳に宿し、長は吼えた。
「クソっ! スーディアめ……!」
殴りつけた樹木が悲鳴を上げ、緑の葉が大量に落ちていく。八つ当たりで何度も殴り飛ばし、理不尽に一本の木が倒壊した。
長が愛用していた大剣。アレさえあれば、魔法の旗の効果を押し返せた。破壊した反逆者のオークを名指しし、悪態をつく心理は分かる。
さらに言えば、混乱を巻き起こしておいて……スーディアはこの場にいない。時の巡り合わせ、運がいいだけとも呼べるが、余りに理不尽だと彼らは嘆いた。
しかし不幸は終わらない。
群れの一人、髪のない頭部の一点に……小さな赤い光点が灯る。知識がない彼らには、それが狙い定めるポインターだと気が付かない。
ダーンッ!
独特の高音が鳴り響く。一斉に鳥たちが飛び立ち、驚いてその音源から離れた。当然、オーク達もその音に身震いする。方角を探し、各々武器を構えた。……一人を除いて。
光点の灯っていた箇所から穴が空き、目を見開いたまま頭部に小さな穴を空けて、噴水の様に血が噴き出る。全身を巡らせる鼓動のたびに、共に逃げた仲間の顔が、青ざめ土色に変わる……
「『悪魔の遺産』!?」
グラドーの森、禁域の深部には……決して踏み入れてはいけない。何故ならそこには、恐ろしい守護者がいるのだから――そんな伝承が、グラドーの森を根城にする、オーク達に語り継がれている。
恐ろしいだけの、ただのおとぎ話だ。そうは思っても、そこはかとない恐怖が、深部に踏み込むのを避けていた。敵に追われ、壊走と狂乱で理性を失うまで。
噂話の真実を――オーク達はその身で体験する羽目になる。
甲高い破裂音が森に響く度、身体に鮮血を噴く穴が生まれる。皮製防具を雑布の様に貫き、急所を穿たれ、死んでいくオーク達。
「く、くそっ!」
群れの一人が『鎧の腕甲』を起動し、全身を魔法の鎧で固めた。続けて『盾の腕甲』を持つ者も、魔法の防壁を周辺に展開する。互いの背をかばい合うように広がり、全方位に魔法の壁を張って隙間なく覆う。淡い光の魔法の壁は……次の高音で一点が砕け散った。
魔法の鎧も、魔法の盾さえ容易く破り、『悪魔の遺産』は一方的に屠っていく。ただ壁を壊すのではなく、そのまま急所を『貫通』して、オーク一人の命が奪われた。
見えない敵からの、防御不能の即死攻撃。ただ狩られるしかないオーク達は、恐怖が絶望に変わり足を止めた。
膝を折る者。額を地面に擦りつける者。武器を取り落とし、引きつった笑みで天を仰ぐ者……心を折り、ただ死を待つだけの彼らへ……異形の死神が降り立った。
ゴーレムに似た、白い金属質のボディ。流線型を模したそれは、一般的な規格に非ず。基本的にゴーレムは角ばった材質なのに、異形はまるで……まるで無理やり、金属で人型を作ろうとしたような、ある種歪んだ造形に思えた。人に近い四肢と胴体があるのに、そのくせ顔面はつるりと、部品一つない卵のような頭部をしている。薄気味悪いソレが、冷たく淡々と音声を発した。
「自民族至上主義に基づいた、生体浄化装置を十数体確保。魂魄洗浄を申請中」
「な、な、何言って……」
「魂魄値の増大を確認。殺処分を実行」
腰の後ろに差した『悪魔の遺産』を両手で握り、口答えしたオークへ向けると
ダダダダダダダダッ!
連続する破裂音と共に、肉体が穴あきチーズのように虫食いになる。踊るように肉体を痙攣させた仲間は……べちゃ、と自らの血の海に倒れ、動かなくなった。
長含むオーク達は凍り付いた。『悪魔の遺産』の一部を取り外し入れ替え、周辺に小さな金属の筒が飛び散ったが、そんなものに注視する余裕はない。
勝ち目がない。逆らってはいけない。頭が恐怖と警鐘でいっぱいになり、立ちつくし相手に合わせるしかない。どっと汗を噴き出し、四肢を巡る血流の音がやかましかった。
どれほどの時が経過したのだろう? すぐの気もするし、長期間な気もする。どこまでも冷たい人型は、事務的な音声を垂れ流した。
「承認を受諾。洗浄開始」
直後、奇妙な高音波がオークに浴びせられた。脳の奥底に響く音波が、何の痛苦も無く意識を混濁させられていく……抗おうにも抗えぬ。奇妙な何かが、オーク達から精神を削いでいった。
すべすべした金属のマネキンが、瞳も口も耳もなく……奇妙で不気味なそれが、無機質に見つめている。薄れゆく意識の彼岸で、瞼を重くして長は人型を見上げる。ソレは最後、微かに感情を宿した声で、地に伏せる彼らへ宣告した。
「もう一度働いてもらいます。我々地球人のために」
何故だ何をと問う間もなく、オーク達の意識は闇に沈む。
それを最後に、二度と彼らの意識は戻ることはなかった。
第一章 異世界編 完
用語解説
悪魔の遺産
詳細不明。ただし共通の特徴として『作動時に破裂音がする』『肉体に穴を空けて殺傷する』『魔法による防御を貫く、高い貫通力を持つ』『遠隔から一方的に攻撃できる』特性を持つ。
謎の人型
金属質なのに、流体系の人を模した人型。侵入不能の禁域に潜む謎の存在。最後『地球人』といった単語を用いていたが……




