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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第一章 異世界編
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初接触

前回のあらすじ


兎を仕留め、生き血を啜り、釣り餌として主人公は放置した。

 ――こうして驚嘆するのは、何度目なのだろう。

 必死に動揺を押し殺して、大平 晴嵐は眼前の光景に見入っていた。

 現れた生物は二つ。

 かなり古臭い……深緑色の皮で出来た鎧を着た茶髪の女と

 全身の体色が紫色で、鼻と耳が尖った背の低い原始人のような何か。

 原始人が手にしたこん棒には血が付着している。女が引きずられているのを考えるに、あの血液は女のものだろう。粗雑な腰巻一つしか身に着けていない相手は、明らかに知性が低そうだ。晴嵐の仕掛けた撒餌に、全く警戒することなく近寄って喜んでいる。

 ――さて、どうしたものか。

 紫の生き物は、地球上に存在している生き物ではない。女は間違いなく人間の女だろう。腰巻にこん棒の相手と、皮製とはいえ鎧を身に着けた人物……どちらに味方をするのか得か、それとも観察を続けるのが正解か。

 ――しばらく様子見していると、女がせき込んだ。

 傷は深そうだが、まだ意識がある。ならば会話も可能だろうか? あの気味の悪い生き物よりは、女に貸しを作る方が良い。瞬時に決めた晴嵐は、するりと木陰から這い回った。

 紫の生き物は、兎よりはるかに鈍い。

 喉元を一撃、ナイフで掻っ切る。反応すらさせずにもう一度、今度は胸の中心付近を穿つ。

 構造が分からない初見の生き物だが、胸と腹の周辺をズタズタにすれば、内臓がやられて大体の生き物は死ぬ。骨を避けるのが最善だが、今の晴嵐には知識がない。相手を押し倒してがむしゃらに、反撃の余地を与えず何度も何度も何度も、冷たい殺意で刺し続けた。

 大量の返り血が着衣を凄惨に彩る。大地に広がる赤い染みと、少しも動かない相手を見てようやく彼は行為をやめた。ナイフをぬぐって、淀みなく仕舞う。

 動けない女は、血の気の失せた顔で見つめている。次は自分かもと怯えているのだ。


「――聞こえるか、女」


 冷気を滲ませて、晴嵐が問う。何か言おうとして、茶髪が乱れた。痰の中に血が混じっている。


「ぁぁ……聞こえる」

「死ぬ前に、聞くぞ」


 見た目は外国人だが、言葉が通じるようだ。傷は深く、喋るのも難しいようだが彼は容赦しない。助かる見込みのない相手を気遣うなぞ、晴嵐にしてみれば馬鹿馬鹿しいことだった。

 が、女は諦めていない様子で指差す。


「死にたく、ない。ポーションを……ポーチの中にある瓶をくれ……」


 内心で舌打ちしてから、晴嵐は中身を探る。ここでモメて犬死されては意味がない。女に警戒心を保ったまま、彼は言われた通り瓶を手に取った。

 それを見て、彼はますます顔をしかめた。

 コルクの蓋で閉じた瓶に、詰められた濃い緑色の液体は毒々しい色合いだ。自決用とも勘繰ったが、名乗りすらしていない彼に、女が毒物を懇願するとも思えない。使える道具なら奪い取って逃げるのも選択肢だが、こんなものを確かめもせず自分から口にしたくはない……


「……好きにしろ」


 女はこれが何かを知っていそうだ。求めた以上使うアテがあるのだろうし、ここは渡して様子見する。彼女は震える指で瓶を掴むと


「恩に、きる」


 女は、それだけ告げて、瓶の中身を一息に飲み干した。いくつか垂れた液体は、指で掬って傷口に軽く塗っている。何らかの医薬品か? あんな薬は、見覚えがないが……


「っはーっ……九死に一生だな。本当に助かった」

「……気にするな。ここにワシがおったのは偶然じゃよ」


 たったそれだけで。

 瓶一つの液体を飲み干しただけで、女の顔から死相が消えた。

 ありえないと胸中に響く衝撃を、鉄面皮で押しとどめる。人間が死んでも何も感じないほどに、彼は他人の死を見てきていた。その晴嵐が一目で致命傷と確信した傷が、どうして飲み薬一つで回復する? あくまで冷静を装ったまま、彼は自然な言葉を選んだ。


「……良い薬だな」

「ははは……そうだな、支給品のポーションでは間に合わなかった。自前で用意した上級ポーション……いやはや、役に立つものだな」


 危機を脱した皮鎧の女は、すっかり気を抜いて饒舌に話す。彼女の口の軽いうちに、情報をそれとなく吐かせるとしよう。まずは、この不気味な紫の生き物についてだ。


「こいつに襲われたのか?」

「ああ……オークの部族と戦闘になってな、追跡に移ろうとしたところを、背後からやられた。全く、兵士長がゴブリンごときに後れを取るなぞ笑い話だよ」


 ゴブリン。確かに女はゴブリンと言った。それにオークとも。

 崩壊前に流行ったゲームや小説、漫画作品によく出てきた敵役。その種族の一つだったと曖昧に記憶している。はっきり思い出せないのは……終末世界では、娯楽に興じる余裕はほとんどないからだ。一応嗜好品の需要はあったが、暇つぶしの時間で学ぶべき事、やるべき事は山ほどある。

 古ぼけた記憶を必死に思い出し、かろうじて世界観を思い出す。その前提で話すなら、ポーションは回復薬か? 作品内では一瞬で回復する魔法のような薬だった。


「調子が戻るにはどれほどかかる?」

「まだ少し休みたい。ただもうすぐ日が沈む。今日は野宿だな」

「そうか……兎を捌いてくる。そこで待っとれ」

「ありがたい」


 一瞬で完治するほど、でたらめな治癒効果じゃないようだ。他にもいくつか使えそうな情報を無警戒に喋っている。良い食事を与えれば、さらに女の口は軽くなるだろう。食料が半減するのは惜しいが、兎肉を保存加工する当てもない。景気よく振る舞ってしまう方が益になると、晴嵐は判断を下した。

 ……背後の警戒は決して緩めていない彼だが、女はあまりに無防備過ぎる。

 晴嵐にしてみれば値千金の情報を、こうもベラベラと話してしまうとは。命の危機に陥るまで相手を放置し、救出後の緩んだ心象に付けこむのは、晴嵐にしてみれば基礎の基礎だ。


(こちら側は、文明が生きておるのか)


 一から十まで余裕のない世界なら、ここまで腑抜けた人間は早期に淘汰されている筈だ。

 そして兵士長、この発言も含めて考察すれば、晴嵐にとって大きな意味を持つ。それ即ち軍隊が、組織が、そして国が機能している。社会が粉々に砕け散った世界で生き抜いた彼にしてみれば、どれもこれも懐かしい単語だった。


(殺さなくて正解だったの)


 殺害を選択していた場合、彼女の属する集団と敵対していた危険性がある。右も左もわからないうちに、組織を敵に回すのは避けたい。尤も、終末カルト宗教の集団も目にしている晴嵐にしてみれば、安易に組織に属するのも躊躇われることだが……まずは様子見でいいと定め、兎の解体に移った。

 放置した獲物を拾い上げ、改めて首筋を深く掻っ切り血抜きする。残念ながら多少時間が経ってしまったので、肉に血が染みて質は落ちているだろう。とはいえ、食用として使えるはず。血のにおいで集まる獣にも警戒が必要だが、人間ならばやることは一つだ。


(火を、起こすか)


 手持ちの道具にマッチがないのが悔やまれる。だが無いものねだりをしても仕方ない。着火器具も必要だが、まずは他の必需品を集めるとしよう……

人物紹介


謎の兵士


深緑色の皮で作られた鎧と、茶髪が特徴の女兵士。

主人公は一目で「致命傷で助からない」と判断したが、毒々しい緑色の瓶の液体を飲み干すと、何故か回復していた。

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