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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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内乱

前回のあらすじ


世界が壊れようが、晴嵐が絶望しようが、世界は変わる事は無い。個人勢の『交換屋』として、文明復興組と取引を続ける。身内トークも以前ほど気安くないが、クソッタレな現実に対し抗う意思は折れていない。そんな中……次の事態は起きていた。

 検品を終え、取引を終え、穏便に『文明復興組』を去ろうとした晴嵐。オンボロトラックのエンジンをかけようとするが、老朽化したエンジンは調子が悪い。番犬と友人の前でもたつくのは気恥ずかしく、何度も何度もキーを回す。それでも動かない車。苦々しく笑う晴嵐に対し、三島も同じような表情を見せた。


「その軽トラも寿命じゃないか? 随分長い事乗り回しているだろう?」

「…………かなりガタが来ているが、まだイケる」

「いやいやいや! もう無理だって! そろそろ乗り換えた方が……」

「……今の時世で、新品の車が見つかるとでも? それとも車検をやっている所か、修理工場に紹介状でも書いてくれるのか?」

「棘っちい!? つーかなんで拘るワケ? 使えればなんだっていいだろ?」


 言われて返答に詰まる晴嵐。確かに荷物を載せて、物資を輸送できるなら何でもいい。オンボロ軽トラを乗り回す必要は無く、より良い車両を見つけて乗り換えても良い筈だ。

 その選択肢を、全く思いつかなかったのは……知らず知らずこの軽トラに思い入れがあるからか。ある意味コイツも『交換屋』の生き残りとも言える。物に愛着を抱くなんぞおかしな話かもしれないが……人間孤独に生きていると、モノに感情移入してしまうらしい。笑われると考え、本当の事は言えなかった。


「いいだろ別に。使えるならボロでも構わない」

「もう壊れそうだろうに……なぁ、今度代金代わりに車のメンテやろうか?」

「……自前で出来ればやりたい。無理だとしても工程を見せてもらう」

「そんなに信用ならない?」

「他人に任せっきりが怖いだけだ。魔が差す事は誰にでもある」


 仲間だった横田が、カルトに飲み込まれてしまったように。言外に示した意思に言葉が詰まり、しばらく三人に沈黙が降りる。その時不意に、番犬役の……宇谷の無線機が慌ただしいノイズを走らせた。


「俺だ。どうした?」

『宇谷。マズい事になった。『覇権主義者』が自壊を始めた』

「何……? ヨモ、お前は大丈夫なのか?」

『奴隷共に紛れて、抗争の中心からは離れた。いつ飛び火するか分からんが……最後まで役目を果たす』

「……馬鹿を言うな。生存を優先しろ。すぐにこちらも向かう」

『人間扱いするなよ。俺たちは結局飼い犬だ』

「前の主よりつかえる甲斐はある。ともかく無理はするな。すぐにボスにも進言する。それまで耐えろ」

『……了解』


 宇谷が無線を切ると、表情は完全に鉄面皮へと変わっていた。元々物騒な雰囲気なのに、輪をかけて冷気が滲んでいる。慎重に三島が問いかけた。


「何かマズい事が?」

「『覇権主義者』に潜っている奴から緊急だ。あの組織、内部崩壊を始めたらしい」

「何ですって……前からなんか、次のリーダー争いで不安定って話でした……よね? 晴嵐はどうだ? あそことも取引していただろ?」


 話の流れは読み切れないが……『覇権主義者』について聞きたいのか? 情報は漏らさない主義ゆえに、表面上の感触のみを伝える。


「確かにピリピリしていたが……内情まで知らない。あくまで取引だけの関係で、お互いに詮索はしないからな。ただ、あそこの主義主張考えると……内部で抗争が起きてもおかしくない、とは思う」

「だろうな。どうも『初代主導者』の姿が、ここ最近全く見えない。何らかの原因で行方不明か……死亡した可能性が高い。『覇権主義者』はリーダーを失ったが、今までの主義主張を変えるとも思えない。そうなれば恐らく『我こそが後継者』と、互いの身を食い合った……大筋はそんな所だろう」

「なんてこった……」


 力で押さえつけられた人間は……何かの拍子に圧力が消えると、逆に誰かを力で押さえつけようとする。抑圧された怒りと、上位者へなる事で『今まで自分が体験していた、不快感を他人に押し付け、欲望のまま振る舞える快楽』を得る為に。

 このような主義主張で、今まで崩壊しない方が不思議だ。初代覇権主義者リーダーの力か、それとも統率力か……何にせよ優れていたから、組織として成り立っていたのだろう。頭を失った瞬間に、自分かトップになろうと泥沼の抗争を始めた……


「三島、ボスと他のメンバーで合議を急げ! 緊急で『不要な外出を控える事』を全員に通達! 手の空いている若い者は巡回を強化!」

「なんで巡回を? こっちに飛び火するって事ですか? 距離ありますよ? 戦う理由だって……」

「手負いの獣は何をするか分からん。落ち武者に容赦はするな」

「分かりました! すぐに招集かけます! それと――」

「待て、それは言うな」

「あ……でも」

「ダメだ」

「へいへい」


 指示を飛ばしていた前半は蚊帳の外。しかし最後の方は晴嵐の方を気にしている。何か隠し事だろうか。話せる事と話せない事は、誰にだってある。詮索はせず、やっとエンジンの掛かった軽トラにほっとし、軽く肩を竦めつつ言う。


「……俺に出来る事は無さそうか? というより……早いとこ去った方がいいか?」

「あー……えぇと」

「ヘタクソ。即答すべきだろ、そこは」


 二人の関係があっても、組織を絡めた立場は別……一線を引く態度を見たからか、宇谷の剣呑な眼差しから、僅かだが光が漏れた。変化に気が付き目を合わせると、少し逸らして宇谷は言う。


「……動かせる手は、多い方が良いか」

「何?」

「依頼……という形で良いか? 偵察を頼みたい。場所は『覇権主義者』の拠点だ」

「おいおい……俺はどこの組織にも介入する気はないが?」

「もう相手は『組織』じゃない。崩壊した烏合の衆だ。違うか?」


 話を聞く限り、今の『覇権主義者』は自滅を始めている……との話だ。が、それを鵜呑みにはできない。


「……それはそちらが確認した情報だろう。俺は確証が無い」

「嘘だと分かった時点で逃げていい。真実だとしたら……お前も壊れた拠点からハイエナできる。そちらはオレの関与する事じゃない」

「旨味はあると……だが、なんで自前の手駒を使わない?」

「ここは『覇権主義者』と違って合議制だ。いくら有益な行動だとしても、スタンド・プレーは叩かれる。だが、部外者の雇われなら……」

「無責任でいられるって訳か。良いだろう。代わりにコイツを直してくれよ?」

「なるほど。無難な対価だ。無線機を渡しておく。報告を頼む」


 言い方は完全に黒いが、信用関係があるからこそ依頼を出せる。車の修理についても渡りに船。速度が大事なら条件を細かく詰める時間も惜しい。急変する事態に飛び込む晴嵐は、またしても地獄を目にする事になる……

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