波長の合わぬ会話
前回のあらすじ
裏切り者の容疑者を見つけ、語気を荒げる晴嵐。しかし見合う相手横田は、糾弾を全く恐れていない。晴嵐の生存を喜ぶ有様で、次に口走るのは意味不明な『教義』の数々。変わってしまった横田は、本当に裏切り者なのか……? 彼は横田に『交換屋襲撃事件』当日の事を問いただす……
「おれはさ……結構前から、ここの人たちに良くして貰ってた訳よ。確か晴嵐の主な担当は『文明復興組』だっけ? 友人がいるから、そこと取引する事が多かった……よな?」
「…………一応『覇権主義者』とも取引していたよ。宗教家との取引は、横田に任せていた覚えがある。どうも雰囲気が苦手で」
「なんで? 話してみれば、結構いい人たちだったよ? 信じられないかもしれないが、彼らの言っている事も真実だし……」
「………………どうでもいい。今は『あの時』の話をしている。俺が『文明復興組』と取引の最中、豊橋農場では何が起きた? お前は何をした?」
正直、今の横田は全く信用ならない。鵜呑みは論外だし、そもそも考察に値する事かも怪しい。一応まだ『裏切っていない』可能性も考慮はするが、懐の刃物を抜きかねない自分もいる。そんな晴嵐の物騒な思考を露とも知らず、横田はベラベラと喋り始めた。
「別に……大した事はしてないよ。いつも通りに過ごしてて、あぁでも、おれと仲の良い連中と一緒に、贈り物の中身を見ていたんだ」
「贈り物……?」
「実は、何度か搬入していた物資の中に、向こうがサービスでつけてくれた物があってさ。あの日に、特定の時間に、開けてくれって……」
「おい……見張りをすっぽかして、やった事じゃないだろうな?」
「まさか! 事件が起こる直前だよ!」
「中身は?」
「主に食料が多かったかな……ローブとか装飾品の類や、武器類も少しは。別段何か変なものは無かったと思う」
それはおかしい。晴嵐は反射的に切り込む。やはりコイツが原因か……? 一段声を低くして、詰問するように噂話をぶつける。
「妙だな。噂じゃ『襲撃者』がやって来て、そこを宗教家たちが救ったって話だが?」
「その場面は見てないけど……多分『交換屋』と『襲撃者』が交戦を始めた時に、一緒くたに裁きを受けたんじゃないか? 二つが戦闘開始した直後ぐらいに、まとめて審判を受けたんだ……って聞いてる」
「――襲撃犯の痕跡はあったよ。空の大型車両が、検問所にいくつか停車していた。だが、検問所の所で争った痕跡がまるでない。見張りがちゃんと機能していたなら、絶対に連絡が行くだろう!? 本当に何もなかったのか!?」
「覚えがないな……でも俺と、俺とよく話していた面々は無事だったよ。彼らは裁くべき人間かどうか、判別できるんだ。救済者たちは」
だめだ……話が通じない。この証言は全く当てにできない。同じ言語の筈なのに、意思の疎通がまるでできないとは……頭が異次元にでも接続しているのか? もう半分以上理解を諦め、適当に喋らせる事にする。
「さっきから言っている、裁きとはなんだ?」
「あ、ごめんごめん。『吸血鬼』ってのは地球女神の遣わした、人類を裁くための使者なんだよ。人間は今まで、地球を汚して回った挙句――世界を核で汚染しただろう? その光景を見ている神様がいたとしたら……人間に絶望して、憎んで、滅ぼしてしまえって思わないか?」
人間のクソッタレぶりは、晴嵐も否定できない。
だがしかし……上から神が見ていたとして、この現状がどうにもならないのは、神様が人類を滅ぼしたいからだと? 全く心当たりがない……とは言わないが、晴嵐の心情としては、その理論は絶対に受け入れる事が出来ない。
「それが仮に真実だとしても……お前、神様に『邪魔だから死ね』と言われて『はい分かりました』でいいのかよ?」
「仕方が無いだろう? 人間はそれだけの事をしたし、それにこれが最後のチャンスだ。ここで神様に従わない人間は……みんな地獄に堕ちるしかない」
「既にここが地獄だろうが」
「ここより深い刑罰を受ける事になるぞ」
「あるかどうかも分からない死後に、今を生きる理由を求める気か?」
「それで死後があったらどうする? 今より辛い目に遭いたくないだろう?」
ああ言えばこう言う。のらりくらりとかみ合わない。糠に釘を撃ち込むような会話にうんざりし、晴嵐は切り口を変えた。
「……なぁ横田。何が不満だったんだ? お前はさ……加賀さんがいなくなった後『交換屋』を継ぐ男として、みんな期待していたんだぞ? 俺は……仕事はするけど、周りに気を使えない。人と踏み込んだ会話が出来ないって言われて、まとめ役としてふさわしくなかった。だからリーダーは務まらない。コミュニケーション力のある横田が、次の『交換屋』のトップにふさわしいって……なのにどうして」
何故横田がどっぷりと『終末カルト』に染まったのか。事件が起こる前の『交換屋』の状況を話せば、何か糸口が見えるのではないか。理解不能な教義ではなく、共に暮らしていた時期の話から、横田の心情を引き出そうとする。
こうして対面するまで、晴嵐は横田が裏切り者だとは思いもしなかった。何故なら、裏切る理由が無いと思えたのだ。加賀さんに可愛がってもらっていた立場だし、何も起こらなければ、順当に横田が『交換屋』を継いだはず。晴嵐も候補者だったかもしれないが、横田が引き継ぐなら素直に従うつもりでいた。
今まで意味不明な、理解不能な言葉ばかり垂れ流していた横田。けれどようやくこの瞬間、久々に晴嵐と会話の波長が合った。




