容疑者
前回のあらすじ
かつて『交換屋』拠点だった場所は、もはや邪悪な儀式の祭典へ変わってしまった。『終末カルト』の行う儀式は、罪のない人を『吸血鬼』へと変える。儀式の最中『個人勢の交換屋』が現れたと聞き、事業に詳しい人物に応対を任せる。現れたのは晴嵐。応対するのは……知った顔である横田だった。
――ここに再び踏み込むには、長い準備期間が必要だった。
情報収集もそうだが、一番は心情的な理由だ。どんな真実が待っているにしろ、晴嵐が日常を奪われた事実に変わりない。そこにどんな理由があろうとも、裏切り者にどんな事情があろうとも、同時に……晴嵐が被害を受けた側である事も、事実だ。
だがしかし……被害者面で謝罪と賠償を請求した所で、どうにもなるまい。もはやここは法治国家ではない。たかが一人の流浪人の泣き言に、一体誰が同情する? かわいそうとお気持ち表明の果てに、数日後には忘れられているだろう。
もちろん晴嵐の心情的には、絶対に許しがたい。されど狙うべきは誰か。真に復讐を果たすべきか。何にせよ接触を図り、情報を精査し、足りない部分を推測する必要がある。
――そんな小難しい事は考えず『憎いから』の感情一つで、復讐に走る選択肢もあったが……今の晴嵐には、ある種の拘束があった。
復讐の衝動、恨みと怒りを忘れる気はない。が、同時に加賀さんとその祖父が残した『死ぬまで生きろ』の言葉が、彼の心に刺さっていた。自死を前提にした報復や復讐に、引っかかりを覚えるのだ。
それに……死ぬだけならいつでもできる。
例えば……裏切り者を見つけた瞬間、激情して相手に殺されたとしても、それも一興。何にせよ『旧交換屋』にして『現在の終末カルト』に接触してみなければ、方針も定まらない。理性か、復讐心か、それとも狂気なのか計算なのか、本人も良く分からない。だが、様々な可能性の中で――何が起こるかは『運』による所も大きい。彼は――晴嵐は、色々と考え、準備した上で、最後の最後は行動と結果を、運に身を委ねた。
その結果が――いきなり『裏切り者の特定』に繋がるのだから、笑うしかない。
「久しぶりじゃないか、横田。景気も良さそうだな。えぇ?」
「お、お、大平……!? お、お前……良かった! 生きて……生きていたんだな!」
「――は?」
横田は感極まって、晴嵐の肩を掴もうとした。反射的に振り払い、片目で鋭く睨みつける。何故? と言わんばかりに、横田は必死に訴えた。
「なんでだよ……? これも神の思し召しだろ?」
「ふざけるな。何故お前が俺の生き残りを喜ぶ? 死んでせいせいしたと思わないのか?」
「そんな訳無いだろ! 一緒に暮らした仲じゃないか!」
「――その一緒に暮らした仲間たちを、ブチ殺しておいて良く言えるな?」
「何の事だ?」
「とぼけるんじゃない……! 豊橋農場が襲撃された時、お前はどこにいた!? 何故お前は無事でここにいる!?」
「そりゃ……オレも地球女神に使徒として認められたからだよ。死んだ奴らは選ばれなかったんだ。信心が足りなかったんだ。残念だけど……加賀さんも死んだだろうな。あの人は絶対、神様に頼る事をしないだろうし」
「……………………」
何を言っている? 晴嵐は気味が悪かった。生き残りに言葉を失い、恐怖するならともかく……何故素直に喜ぶ? 復讐されると思わないのか? 本気で身を案じる横田は、次々と意味不明な言葉を口走った。
「あの日――『交換屋』拠点は、地球女神の審判を受けたんだ。女神の意思を受け入れ、信じる者は裁きを受けずに済んだ。俺とか、何人も無事に今も幸せに暮らしているよ。大平も正直……裁かれる側だと思ってたけど、生き延びているって事はお前も選ばれた側――」
「訳の分からない事を言うんじゃない! 俺は……俺は選ばれてなんていない。ただ自分で選んで、行動して、何とか食いつないで、必死に生き延びただけだ。片目も代償にして……だがな」
強烈な眼差しで睨む晴嵐。あの地獄の光景を『審判』の一言で済ませる横田の神経は、晴嵐は理解が出来ない。ぼろぼろの晴嵐に対して、平気で横田は手を差し伸べる。
「大変だったな……それなら、またここに戻って来いよ。一人で生きていくのは……今の情勢、難しいだろう?」
冗談ではない。相手が誰かもわからず、何を考えているのかも分からないのに、身を委ねるなどどうかしている。何より身の毛がよだつのは……目の前の横田は、依然とさほど変わらない表情で、本気でこの提案を良い物と思い込んでいる。本気で晴嵐のためになると思っている。善意からの言葉だと、雰囲気で察する事が出来てしまう……
不気味な感触。宇宙人と話しているような感覚。言葉が同じなのに、こちらの感性が通じない――もはやそれは生理的嫌悪に近く、理解不能となった相手に対し、晴嵐は問いかける。
「一つ聞かせろ、横田。あの事件は……『旧交換屋』拠点が襲われて、みんなが死んだ事件は……お前が主導したんじゃないのか!?」
「事件じゃない。審判だ」
「解釈はどうでもいい! あれはお前が引き起こした事じゃないのか!? 死んだんだぞ! 俺たちと一緒に暮らしていた人たちが……全部、どうでも良い事だったのかよ!? えぇ!?」
「そんな訳ないだろ! でも、地球女神に選ばれなかったのだから……しょうがない事じゃないか」
感情は揺らいでいるが、けれど妙な所で割り切っている。こいつの心はどうなっているのだ? かつて隣にいた筈の相手の事が、今の晴嵐には全く分からない――




