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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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加賀老人の日記・8

前回のあらすじ


加賀さんの祖父が老け込むが、山に入る事を止めない。最後まで生き抜く姿勢を疑問に思い、加賀さんは問いかける。初めて踏み込んだ会話の中で、加賀祖父は空を見るように言った。

 うっそうと木々が生い茂る山の中で、爺さんの言葉のまま俺は空を見上げた。

 ……別に、いつも見ている光景と変わらない。空は雲のない青空だが、枝葉を広げた樹木が光を遮っている。風が吹くと一斉に揺れ、空の青と深緑が混じりあい、濃淡と影を蠢かせた。ちょっと何か、不気味と言うか……妙な感覚だが『怖い』と感じる。日本の山暮らしに慣れて来たからか、それとも俺の中の血が……日本人の血が、自然への恐怖を思い出しているのかもしれない。うっとおしく纏わりつく、ベトナムのジャングルの空気と違い、何か心の底に訴えて来るような……奇妙な感覚だった。


「――いつもと変わらねぇ山の空気だけど。モノノケの気配もない」

「……今はそっちの話は忘れろ。ただの命の話だ」

「こんな歳になって道徳かよ」

「人間に道徳があってたまるか」


 互いに言うまでもない。敗残者に世界が優しくない事は承知の上だ。もう一度森の空を指さし、広がる枝葉に解釈を加える。


「見ろ。頭の上に広がる葉を。少しでも日の光を欲して、木は枝葉を伸ばしている。地面にゃ光はほとんど届かん。ほんの僅かな光でさえも、自分の養分に変えるために」

「……なんだよ今度は生物の授業か?」

「ふん、区分けなんざどうでもいい。何故木は高く伸びる? 簡単だ。他の植物から、光を取られないように、奪われる前に奪う。隣に生えてる木とは、枝を伸ばして光を奪い合う競争相手だ。

 根っこの方だって変わらない。少しでも地面の中に、地面奥深くまで、地面の広域に広がって……養分と水を吸い上げる競争に明け暮れている。分かるか?」

「まぁ……何となく。で、何が言いたい訳? 爺さん」

「この森の中でも、争いまみれだと言っている」


 回りくどい切り口だったが、ここでやっと最初の言葉に繋がる。『生きると言う事は、争う事。植物でさえ例外ではない』……枝葉を広げて日光を奪い合い、水と養分を求めて根を広げ領土を拡大する。歩き慣れた、自然豊かな森の景色は……その実、生命と生命が激しく争う現場だった。


「すべての命は、この世に生まれた時点で……争う事が宿命になる。人間も、獣も、植物も……死ぬまで、何かと争い続けなければならん」


 すべての命は争う物。動物も人間も、植物さえも争いから逃れる事は出来ない。長閑のどかな光景に見えるこの世界は、激しい生物同士の闘争が繰り広げられる現場だという。

 ――否定はできなかった。植物は動物に食われ、その動物も肉食獣に食われる。狩る、狩られるの関係。食う、食われる関係性。それだけじゃない。同族同士でさえも、資源やリソースの奪い合いは発生する。人間は、人間の戦争や行いを悲観する事があるが……爺さんに言わせればなんてことはない。実に生き物として、何の不自然も無い事だと。

 ――俺たちが向かった戦争も、そこでの敗北も、実に動物めいた争いの一部でしかないと言うのだろうか? 多分、爺さんは自分を納得させているのだろうが、俺は一つ腑に落ちない。


「じゃあ……人間がしょっちゅう口にする、平和とか融和とか、秩序って何なんだよ?」

「とりあえず協力するための、ただの口実か……」

「けど、たまに本気で信じて、実行している奴もいるんじゃねぇの?」

「そうだな。頭が足りない……って奴ばかりでもない。大半はただのお題目だが、お前の言う通り、本気で夢見る奴もいる。

 生き物の中で必死に争いを否定しようとする、止めようとするのは人間だけだ。生まれる前の蹴落としあいに勝って、この世に生まれて来た癖にな」

「爺さん……あんたまさか、人間が狂ってるって言う気かよ?」

「実際おかしな話だろう。生き物としては異常だ。本当に心から、何とも争いたくないと言うのなら……大人しく他の動物に、命に、食われるしかない。一度競争に勝って生まれてきている以上、生きてる奴が平和を唱えるのは、矛盾にしかならん」


 誕生する為の争いの勝者が、命としてこの世に生まれてくるのなら

 他の命の可能性を踏み潰しておいて、平和を謳うのは確かに矛盾だ。

 だから、と爺さんは、強い口調で語る。


「すべての命は争い合い、すべての命は奪い合う。その中で俺とお前は、戦争に負けて奪われた側になっちまった。まぁ、人生に勝ち負けがあるなら……俺らは負け犬側だ」

「……それが嫌になって、自殺する奴も結構いた。なんでそれでも、あんたはまだ生きている? 生きるのが嫌にならなかったのか?」

「嫌だろうが悲惨だろうが、んな事は関係ない。生きてる奴同士で比較すれば、確かに俺らは低い所にいるんだろう。だがな、命を持った奴らには、最後まで生きる責任がある。どれだけ生きるのが苦しい時代でも、場所にいるとしても、最後まで生き抜かねばならん」

「何故?」

「もし自殺しようもんならな……生まれる事さえ出来なかった連中に、派手にどやされるからだ。生まれたくても、生まれる事が出来なかったモノ。命になりたくとも、命になれなかったモノ。命になる前の争いで、可能性を潰して、命はこの世に生まれてくる。にもかかわらず……自分から死んだら、その命未満の奴らからしてみれば『ふざけるな』だ。生まれたくても、この世にやってこれないのに……どうしてお前は、自分から死んだんだってな」


 ――スピリチュアルな話なのか、それとも哲学なのか。境界線を引けない話だ。意識しなければ、見る事も出来ない世界。意識しなければ、目にも入らないし気にも留めない。どうでもいい、あるいは胡散臭く、信用できないで流される話。

 あぁ、と俺は妙に納得した。命になれなかったモノは、命を持っている俺たちより、ずっとずっと弱い立場にいる。だから生まれたくてしょうがないのに、命を絶つ存在を許さないだろう。そんなことをするぐらいなら、お前の命をこっちに譲れと言うだろう。

 だから――


「だから、生きねばならん。どれだけ俺やお前の人生が不幸であろうとも、絶望が積み重なろうとも、生まれる事さえ出来なかったモノより、生まれて来た俺たちの方が、遥かに恵まれている。そして俺たちは、可能性を潰して生まれ、生きている。ならば……最後まで、生きなければならん。生き物同士で争い続け、同族同士で奪い合って、戦って、戦って戦って戦って――いき抜いて、死ぬ。限界まで命を使い切る事でしか……奪った可能性に、報いる事は出来ないのだ」

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