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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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加賀老人の日記・6

前回のあらすじ


祖国から見捨てられた兵士、若き日の加賀は出国を決意した。母親がプロパガンダを受けた経験から、加賀悠人の将来を案じ備蓄をしていたようだ。既に国家に愛着を持つ両親を置いて、長らく関係を持っていない、母型の祖父母の故郷、日本に向けて出発した。

 日本へ移住した後、俺はすぐ祖父母の実家で暮らした。

 クソ田舎のクソ農家、本当にここが近代文明なのか疑いたくなる。家は木造、周囲は森深く、動物昆虫が我が物顔で、人間の生活圏に紛れ込んでいた。


「これは……想像以上だな……」


 ベトナムで見た光景と、少しだけその光景は被った。なんでこう、すぐそこに森というか、

人間が支配する地域の外が存在して平気なんだ? 自然ってのは、人間に容赦なんかしない。すぐそこに別の世界があるようなモンだ。自然を切り開いて作った、開拓後の土地で暮らす俺にはさっぱり分からん。ぶっきらぼうな俺を迎えたのは、腰が深く曲がった老婆と、愛想のない鋭い表情の男。初めて会った爺さんと婆さんに、あいさつも程々に俺は震えていた。

 向かい合った爺さんの表情、身のこなし、纏っている空気……ありゃ、完全に俺と同じだった。敗戦国の兵士の気配。切り捨てられた者特有の拗ねた態度……

 当然、爺さんも即座に気が付いた。よくよく顔を見ると、俺の顔にも似ている気がする。どうやら爺さんと俺は……同じような目に遭ったらしい。


 多くの事は、互いに語らない。けど、語らずとも互いに察していた。脛に傷を持っている……ってだけじゃない。血のつながりか、それとも精神的に近い経験か、諸々全部ひっくるめた物なのかは分からない。こんな事が起こるまで、まるで顧みなかったのに……祖父は俺に、無言で背中を見せ、この土地での生き方を示した。

 爺さんは、猟友会所属の人だった。自分から森に入り、人間にとって邪魔な獣を駆除する。近頃は乱開発もあって森が騒がしく、獣たちも攻撃的な事が多いそうだ。日本の自然での生き方を、俺は祖父から教わった。


「最初は罠猟を覚えろ。獣の通り道を予測し、そこにトラバサミを仕掛ける。痕跡は出来るだけ残さず、余計な物には触れないようにしろ。自然との調和を乱せば――」

「不自然さから警戒され、敵が罠のとこを通らなくなっちまう。逆に調和を乱さずに仕掛ければ、成功率は上がる……で、あってる?」

「……何で知ってる」

「ジャングルで、俺は『食らう側』だったんで」


 ジャングル内の草木の間に、密かにロープを仕込んでいたり。

 枯れ葉の詰まった落とし穴の底に、糞尿が詰まっていたり。

 あぁ後、古いボウガンを再利用したのとかもあったな。ともかく、嫌と言うほどトラップに悩まされた経験がある。……それを動物相手にやるだけの話。祖父は深くは聞かず、別の事を気にした。


「……その内、猟銃の免許も取れ。経歴を考えると、協会の連中がうるさいかもしれないが」

「……こっちでも『兵士』ってマズいのか?」

「お前が日本国籍を取って、日が浅いのも要因だ。こっちは銃の管理が、アメリカよりずっと厳しい。元が米国籍なのも、こっちの連中に変な警戒心を抱かせるんだろう」

「向こうだって、管理はそれなりに厳しいけどな」

「こっちじゃ猟師か警察官、自衛隊ぐらいしか銃は握れん。あぁ、あとヤの字は隠し持っているか」

「何? ヤの字って」

「……マフィアって言えばだいたい同じかね」

「どこも似たような連中がいるのね」

「人間の腹の中はだいたい同じだよ」


 俺と爺さんの会話は……とても孫と爺の関係に見えなかっただろう。つらこそ似ている。態度も似ている。だけど、身内特有の空気感、距離感は、はたから見れば全く存在しないようにも見えたと思う。

 でも、俺たちはこれで良い、と思った。

 そうだろう? だって今まで、一度だって顔を見せた事も無かった。娘である母のやった事は、この爺と婆にして見りゃ、いきなり海外に高飛びだ。とんだ親不孝となじられる行為だろう。今更頼ってきた挙句、ヘラヘラベタベタ身内面する方が気持ち悪い。

 開き直った、とも思われるかもしれないが……爺さんは別に俺を責めはしなかった。婆さんはちぃと、気まずそうにしてたけど……ふとぽろりと、婆さんにこう言われた。


「やっぱり悠人はるとは、わたしたちの孫なんだねぇ……爺さんにそっくりだよ」

「ケッ、こんなクソジジイに似てご愁傷様だ」

「悪かったな愛想が無くて」

「愛想の付き方を知らないだけだろ。いや、最初の内はちぃとは努力してたか? すぐ諦めたみたいじゃがの」

「うるせぇ。自分でも嘘くさいって感じるレベルだったから、開き直っただけだよ」

「あぁ、それで正解だ。でなきゃ早々にブン殴ってる」

「やんのか? こっちは米軍上がりだぞ」

「フン、なら旧日本帝国軍人の意地を……」

「……なんで孫と爺で戦争やってるの? 食卓ぐらい静かに囲んで?」

「「へいへい」」


 喧嘩なのかふざけてるのか、自分たちでも全然わからん。ただ、俺たちの距離感は、あんまり一般的な物じゃ無かったと思う。それが優しさか? と言われると、微妙な所。……ま、腫物みたいに扱われるのより、露骨に疎外されるより、ずっと生きやすくはあったがね。

 ――お互いに、過去の事は極力触れないようにしていた。俺の日本側の祖父母は、俺が生きていけるだけの経験と、猟友会での関係を与えてくれた。汚い言葉の応酬と裏腹に、やってる事は慈愛と思う。

 ただ……二人とも既に、かなりの高齢だった。俺が日本に来たのは三十代だし、仕方ない部分はある。彼らが俺を受け入れたのは、自分の死後の事について、後を任せる意味もあったんだろう。

 いつか来る終わりが、ちらほらと見え始めた頃……俺は爺さんに、ある事を問うていた。

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