遅れた救出
前回のあらすじ
村の軍勢の半包囲から、一斉に矢を射かけられるオーク達。奇襲攻撃に加えて、長の大剣の破損が響き、オーク達は壊走を始める。その中でも踏ん張る者もいたが、制圧された。
終わってみればあっけない。抵抗らしい抵抗もなく、オークの拠点を制圧した。
わざと開けた逃げ道に、ほとんどのオークは怯えて逃げ出した。この場に残るは戦死した者と、最後まで奮戦した数名である。一方村の兵士たちも、シエラ含む数十名がその場に残り、軍団長率いる本体は追撃中だ。
「兵士長、生き残り全員を捕えました」
緑の肌の戦士は、全員縄に繋がれ御用となった。意気消沈するオークたちを尻目に、シエラは頷く。
「そうか、旗持に報告させろ。君たちは周辺警戒を継続。私は洞窟内に侵入し、様子を確かめてくる。連絡が終わり次第、こちらに旗持を送ってくれ」
「はっ!」
明瞭な返答を背に、拠点の洞窟に足を踏み込むシエラ。シン、と静まり返った洞穴に、経年劣化したライフストーンが薄明りを灯す。
軍靴が反響し耳に痛い。照明が十分でも空気は冷たく、心細さと義務感から奥へ呼びかけた。
「誰か! 誰かいないか! 私はホラーソン村の兵士長だ! 外のオークは我々が鎮圧した。君たちの救助に来たんだ!」
呼びかけがエコーし、シエラの耳に自身の声が届く。別の誰かが答えていないか、しばしその場で聞き耳を立てた。
ひゅうひゅうと風の通る音だけが、兵士長の聴覚を刺激する。待つ間に音源を探ると、天上に空いた穴が、内部に空気を届ける。
その真下に――何故かロープが投げ出されていた。瘤つきのソレは乱雑に転がり、適当に脇へ避けられている。
(なんでこんなところに……?)
物置でもないのに、雑に捨てられただけ。床に汚れやゴミは少ないのに、ソレだけが妙に浮いていた。試しに手に取って調べても、コブ以外に特徴がない。
不思議でしょうがないが、優先すべきは別にある。兵士長は迷いを散らすように、大きな声でもう一度呼びかけた。
「もう一度言う! 誰か奥にいないか! 私はシエラ・ベンジャミン! ホラーソン村の兵士長だ! オーク達は倒した! もう怯える必要はない!!」
二度目の呼びかけ。閉所で鳴り響くシエラの声。伏兵がいないか留意しつつ、ゆっくりと奥へと足を進めた。
程なくして、何かの声が帰ってくる。
微妙に濁った音質のせいで、正しくは聞き取れない。しかし助けを求めていると判断し、シエラは奥へ呼びかけた。
「すまない! 上手く聞き取れない! ……そのまま私を呼んでくれ! すぐに向かう!」
足元に注意しつつ、洞穴内を駆け抜ける。程なくして広間に着くと、村人や同僚が囚われていた。顔を上げて、新たな人影に目を丸くする。
「皆、無事か!?」
「シエラ兵士長!」
軍属の何人かが反応を見せ、同じ村で暮らす人々は戸惑う。兵士の一人にシエラが近寄り、他の兵士が村人にシエラの立場を教えた。引き継ぐ形で兵士長が村人を諭す。
「もう大丈夫だ。オーク達は追い払ったぞ! 全員ホラーソン村に帰れる!」
縄をヒートナイフで焼き切って、足枷を外す道具を探す。立てかけられた鍵束を発見し、手当たり次第に試していく。仲間の兵士を捕える枷を外そうと努力する間、背を丸めて兵士は謝罪した。
「申し訳ありません兵士長……手間をかけます」
「気にするな。……ところで、ヴィラーズ様は?」
「…………奥に連れ込まれて、肉体的な暴行を受けたようです」
強い怒りが込み上げ、シエラが眉を吊り上げる。唇を強く噛んでも、怒り狂う彼女は痛みを感じなかった。
「この場は我々にお任せを。兵士長は彼女を」
「……わかった」
歩幅を大きくして、シエラは深くまで歩みを進める。入口から遠ざかったからだろうか? 空気が澱み、明るくとも少し息苦しい。長居したくない滞留した空気へ、濁った血の臭いが混じった。
獣のソレではない。人が大量に失血した時の、赤黒い血の臭いだ。
足が早まる。冷たい嫌な汗が額から噴きだす。まさか、殺された? 不吉な想像がシエラを走らせた。石を蹴とばす音が反射し、硬質な音に誰も反応しない。膨れ上がる最悪の予感が、シエラの心に重くのしかかった。
遠目で見える檻の中、見えるのは横たわる人影。転がった空き瓶、飛び散った血痕、金の髪を乱れて散らし、露骨なシエラの存在感に、全く反応していない……
四肢が震え、身体から力が抜ける。生気を失った顔で、兵士長は檻に手をかけた。
鍵を忘れたのか、錆びた軋む音と共に鉄が動く。凍りついた指先で、目を閉じ横たわる姫君の顔にふれた。
――肌色は悪いが、冷たくはない
両目を開くシエラ。首筋に手を当て脈を取ると、弱弱しくも確かな鼓動が指に伝わる。ボロボロの衣服は切られた痕。なのに肌には傷がない。他の箇所も着衣に傷があるのに、体には怪我が一切ない。
令嬢の無事に安堵したのもつかの間、シエラの胸には激しい怒りと憎悪が渦巻いた。彼女が何をされたかを、正しく把握してしまったのだ。
(オークめ……彼女を痛めつけてから、ポーションで治して……また……!)
『サンドバック』と呼ばれる拷問法だ。
対象を殺す一歩手前まで嬲り、死ぬ寸前まで追い詰める。瀕死になったところでポーションで治療。身体を治して、まだ心が疲弊している段階で……また肉体を痛めつける。
身体を責め、同時に精神を徹敵的に消耗させる方式だ。軍人でも苦しい責めに、貴族の令嬢には耐え難い苦痛だろう。
(彼女にも責はあるが……これは、あまりにも……)
抱きかかえても身じろぎ一つしない。生きてはいても生気はない。辛うじて生きている少女を持ちあげ、やりきれない思いで、シエラは姫を穴蔵から救い出した。
用語解説
サンドバック
現代より優れた治療薬、『ポーション』が存在することで生まれた拷問法。死ぬ寸前まで相手の痛めつけた後、ポーションを用いて治療。その後再び痛めつける……のループを行う方法。肉体的には傷は治療されるが、精神的には傷が残ったまま、心に蓄積されていく拷問方式である。




