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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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加賀老人の日記・3

前回のあらすじ


差別を少なからず受けながらも、若き日の加賀さんは米国の兵士として訓練を重ねていく。時は1960年代。ベトナム戦争への派兵が決まり、危険を感じつつも現地に向かう……

 1965年、俺はベトナムへ派兵された。

 1955年から始まり、終始米軍優勢とされ、もうすぐ終わる。簡単な戦争だ……そんな話は、ただのプロパガンダに過ぎなかった。

 戦況は芳しくない。現地の士気は地の底だ。俺たちはその地獄に供給された、新鮮な生贄って訳らしい。出迎えた上官はやつれ果て……眼光の奥には虚無感が強く漂っていた。狂気、と置き換えても良いかもしれない。

 頭上の爆撃機は、何か新型の薬品をばら撒いているらしい。特別な理由が無い限り、該当地域に侵入するなと事前通告を受ける。……どうも、かなり毒性の強い薬品を撒いているとか、いないとか。


 なんでそんなものを? って思った。そしたら半分ヤケクソに叫びながら、地獄の経験者が教えてくれたよ。

 マラリアだ。致死性の病気を媒介する蚊を、これで皆殺しにするんだと。ベトナム人は免疫を持っている分、症状も軽いし発症率も低い。米軍側に不利になると言う理由だそうだ。

 ま、これも嘘な事は、戦地に赴けばすぐに分かったけどな。

 本当の理由は――ゲリラどもを駆逐するため、そして奴らの食い扶持を削る為。ベトナム兵は……密林の中で生きる部族や村に紛れ、背中から直接弾丸を浴びせてきたり、情報を敵に流してくる。どうもそのやり口は、体験してみれば確かにキツい。


 人畜無害を装って、いきなり寝込みを襲ってくる。ジャングルに紛れて光明に罠や待ち伏せを食らわせてくる。休む暇なんてありはしない。おまけに敵の拠点内部は、民間人が暮らしている可能性もあるから、こっちから叩き潰す訳にもいかない。民間人の虐殺は国際法違反だ。……ま、日本に核をブチ込んでおいて、何をいまさらとは思うが。

 だから……米兵側は『民間人の格好をした相手でも、反射的に発砲できる』メンタル訓練が施された。自分の心と関係なく……

 なんでこんな訓練が必要かって? 民間人に紛れたゲリラは、攻撃を禁止されている人物と判別がつかない。見た目だけじゃない。本当に……『そこで生活している普通の人間』に紛れているんだ。粗雑な服を着て、井戸で水を汲み、チンケな畑をせっせと耕し、俺達米兵隊が近寄ると、怯えながら穏便にやり過ごそうとする。


 最初は見事に騙された。どう見たって『現地の人間』にしか思えない。けどその中に『米軍へ強い敵対心』を抱いているゲリラが混じっている。米兵は反撃さえ出来なかった。

 そりゃそうだ。無関係な相手を撃つな。民間人は出来るだけ巻き込むな……って、訓練時代に口を酸っぱくして指導されてきたのに……『攻撃するな』って指定された側に敵が紛れ込んでいるんだぜ? 引き金を引こうにも、どうしてもワンテンポ遅れちまう。その一瞬の差で、こっちが撃たれて死ぬ。当然士気だってドン底だ。


 俺もゲリラ攻撃を受けた時は、本当に絶句した。だって……村を通過するときに『戦闘が起こる可能性があるから出歩くな』って伝えたら、そこに潜伏していたゲリラ兵に奇襲された。信じられるか? 貧しいながらも普通に暮らしていたのに……そいつら全員が憎しみと共に銃を握って、俺たちの部隊を襲ってくる。言ってしまえば完全に『村』に擬態した『基地』が、いくつもあった。

 厄介な事に、米軍側にその情報はほとんど入ってこない。一番タチが悪いのは……既に村人を退避させた村で、ゲリラに民間人のように生活させているパターン。古い地図上じゃ『村』なのに、実際は『基地』になってやがる。そうなったら……俺達米軍のやる事は、苛烈さを増すしかなかった。


 気分が悪い、なんてもんじゃない。

 武器も持たず、平穏に暮らしている村に火を放った。逃げ出す奴には機関銃マシンガンを掃射した。すると増々敵の憎悪は増して……ジャングル内での奇襲や夜襲で、俺たちの休息時間を削る戦法に出た。

 さらに悪い事は続いた。俺達の行為は、村なのかゲリラの基地か分からないまま、焼き払う行為だ。だから……『本当に普通の村』を、判別することなく……

 女子供も関係ない。だって擬態のために、女や子供のスパイやゲリラもいる。引金を引くのを何度躊躇おうとして、訓練された身体は鉛玉を撃ち込んでいた。

 睡眠不足、ベトナムジャングルの異常な湿度と高温。ゲリラへの憎悪は俺たちを夜襲し、森の中で迷彩を施した奴らのアンブッシュに、俺たちの仲間も何人も殺された。


 体も心も限界だった。だから……だから、米軍上層は、枯葉剤の散布を強行したんだろう。憎しみはゲリラ相手だけじゃない。奴らを有利にする地形や自然にも、向けられたんだ。所詮他人の土地だ。いくら薬で汚してしまおうと知った事ではない。この戦争に勝ちさえすれば良い。勝てば官軍と、上も下も思っていたんだろう。

 だけど……アメリカは考えうる、最悪の結果を迎えた。

 米国内じゃプロパガンダで、ベトナム戦争の現状を『米軍優勢』と伝えていた。けど、あるメディアがベトナムの現状をすっぱ抜いて、テレビで放送しちまった。

 実際は勝算なんて程遠い、酷い泥沼の戦場と化していて……その戦法も、はっきり言って国際的な非難を避けられない。化学薬品撒いてるわ、民間人とゲリラを区別せずに攻撃しているわ……おまけに真実を隠していた反動と、長引き過ぎた戦争で、アメリカ内で戦争反対運動が盛んになった。

 その結果1975年……米軍はすべて引き上げ、ベトナムは民主主義になる事もなく戦争は終結。

 アメリカは……事実上の敗北を喫した。

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