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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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『好きにしろ』

前回のあらすじ


片目を失った晴嵐。加賀老人の処置から目覚めるが、体はだるい。それでも覚醒した事を伝えようと、加賀老人の姿を探す。しかし……座り込んだ加賀老人の身体は、冷たくなっていた。旧拠点を失い、弱っていた身体、晴嵐の処置で気力をすべて失ってしまったのだ。

 一つだけ遺言を残し、加賀老人は逝ってしまった。体力を残すべき……と知りながらも、晴嵐は加賀老人を埋葬した。

 術後の予後が悪く、晴嵐は小屋の中で熱にうなされていた。やはり素人知識の不完全な手術では、すべて綺麗に丸く収める事が出来なかったらしい。まだ命の危機は去っていない。消毒済みの飲料水を含みつつ、だるい身体を小屋の中で横たえた。

 多分、高熱だと思う。測るための体温計は無いが、頭はぼーっとして回らない。四肢も重く鈍くて、上手く動かせない。びっしょりとかく汗が、粗雑な寝具を濡らした。


「…………辛い、な」


 病気の時の孤独は、人一倍寂しく感じるものだ。つい最近まで集団で暮らしていたなら、猶更と言える。不幸中の幸いは、咳は出ていない事だろう。それでこの苦しみから、逃れられぬ訳じゃないが……何か考えていないと、退屈だ。

 いや、退屈以上に『不安』が襲ってくる。狭い小屋の中、一人きりでせっていれば、色々と悩み苦しむ事ばかりだ。


(外の様子はどうなっている……情報が、入ってこない)


交換屋トレーダー』の本拠はどうなったのか。生き残りはいるのか、いないのか。襲撃犯は誰だ? 主導者は? そして『内通者』は誰なのか……考察材料が足りないのに、考えずにはいられない。おまけに熱で頭がやられているのだから、論理的思考なんて出来やしないのに。

 特に夜になると……晴嵐は激しい不安と恐怖に晒された。寝たままの彼、他に眠る事しかできない彼は、闇夜に蠢く存在の気配を感じずにはいられない。正体は『吸血鬼サッカー』だ。獲物を探し、徘徊する化け物の気配が、否応なく感じられてしまう。時々誰かが襲われた悲鳴も聞こえ、近場で荒い息が通り過ぎるのも耳にした。


 言うまでも無いが……こんなバット・コンディションで、戦闘なんか出来る訳ない。体調が悪いのもそうだが、片目を失ったばかりで、感覚に大きな狂いが生じていた。

 隻眼による最大のデメリット……それは『遠近感覚を失ってしまう』事だ。まるで外の世界が『平面に書いた絵のように』見えてしまう。慣れれば多少マシになるとはいえ、今は片目を失ったばかり。発熱で判断力の鈍い頭で、正しく空間認識は不可能だ。


(一人がこんなに恐ろしいなんて……)


 集団の強み。一人二人が体調悪くとも、残りの無事なメンバーで見回りすればいい。体力状況が悪くても、気を回して看病する人員もいる。誰もいない狭い小屋の中、情報もほとんど入ってこない。病気で荒い呼吸が、奴らに察知されるのではないかと、心の底から怯えたものだ。


(見つかったら、終わりだ)


 一対一でさえ、絶対に勝ち目はない。おまけに夜の『吸血鬼サッカー』であれば、集団で動いている。確実に死ぬ。それも無残に。そして隻眼の吸血鬼の出来上がりだ。

 が、それでも晴嵐は眠った。強烈な不安と恐怖に怯えて、熱の出た身体で、荒く呼吸を繰り返しながら。発熱中の肉体は、何よりも睡眠を求める。ノイローゼになりかねない心理状況なのに、不意にすっと意識が眠りに落ちる。

 そして目覚めるのが、夜の時もあった。化け物の気配で目を覚ます事もあった。けれど運が良かったのか、一度も察知される事は無かった。今更になって神が、慈悲を寄こしたのかもしれない。

 されど……生き残って、どうすれば良い? 目標は生きる事。が、もう平穏な彼の日常を失い、加賀老人も失い、片目さえも失い……気力はかなり危うい。そんな彼を奮い立たせるのは、暗い感情だった。


(俺の……俺達の拠点を奪ったやつに、このまま安穏と暮らしをさせて、いい訳ない)


 真実を求める……なんて綺麗事じゃない。はっきり言うなら『復讐心』と呼んでいいだろう。これだけの喪失を食らって……人に絶望を押し付けておいて、生き延びている奴がいる。裏切った奴がいる。なのに泣き寝入りしてたまるか。絶対にここを乗り越えて――

 そこまで考えて、ふと頭に過ぎる事柄。果たして加賀老人は、晴嵐のその行動を肯定するだろうか? と。

 片目の処置を施し、晴嵐を生かして逝った老人、加賀さん。亡骸を埋葬したあの人の心の中に在った物や、過去や経験は……結局何も知る事が出来なかった。

 けどそこで、晴嵐は思い出した。加賀老人は最後、ある言葉を残していた。


『好きにしろ』


 たったそれだけ。たったの五文字。なのに不思議と、晴嵐の肩から力が抜けた。間違いなく加賀老人の言葉であり、遺志であり、そして伝言に違いない。


(あぁ……本当に、悪い人じゃなかったんだろうな)


 きっと……加賀老人を失った後、晴嵐が色々あれこれと、悩むことまでお見通し。だから、気に病むなと前置きしたのだ。この世を去る人間に気を遣うなと。

 それだけじゃない。他にもきっと、色々な意味合いを含んでいる事に気が付く。この小屋を使う事も、加賀老人がせっせと溜めていた物資を使う時も……彼が迷うたびに『好きにしろ』と、ぶっきらぼうな声が聞こえてくる気がした。

 不思議なもので、一度気力が湧けば回復は早い。夜中に静かにするのは当然だが、日の高い内ならある程度動けるようになった。食事もより喉を通る様になり、運動も重ねて体力の回復に努める。


 そうして、少しずつ、己を回復させていく晴嵐。一度物資の残量を、きちんと調べつくしておきたくなった。小屋の中を探し回り……そして、ある物を発見する。

 分厚い日記帳の群れ――一体誰の? と考えて、すぐに悟る。

 加賀老人が書き溜めていた、自らの人生の記録……あの偏屈な老人の日記だ。

 読んで良い物かと迷い、また『好きにしろ』と聞こえてくる。

 体を休める時間の間、彼は老骨の人生録を読み、加賀老人の過去に触れた。

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