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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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不完全な賭け

前回のあらすじ


ほうぼうの体で逃げた、晴嵐と加賀老人。呆然自失の中で、加賀老人の導くまま軽トラックを走らせる。辿り着いたのは加賀老人の『墓』――誰にも骸を晒さず、一人で死ぬために準備していた小屋。辛うじて生き延びた二人は疲れ果て、その小屋一日休息を取った。

 加賀老人が『墓』と呼んでいた小屋は、人ひとり暮らすなら問題ない広さだ。今は晴嵐暮らしているので二人。少々手狭だが、我慢できる範囲の不便さと言えよう。

 それも仕方ない。ここは加賀老人が『一人で死ぬ』つもりで準備していたのだ。他人を招く気は一切なく、死期を悟り次第、一人静かに死に向かう為だけの小屋……本人が『墓』と表現するのも、なるほど的外れでもあるまい。

 もちろん、晴嵐も晴嵐で予想していなかった。いつも通りの交換屋家業を終えて、寄り添い所帯に戻って、程々に暮らす。そんな日々が続くと信じていた。何の根拠もなく……

 眠りから彼が醒めると、つられて老人も体を起こす。見慣れない天井、用意した『墓』の天井を見つめ……力なく笑いつつ、ぼやいた。


「大平……どうやら昨日の事は、夢では無いようじゃな」

「……えぇ。サイアクです」

「いや、最悪の最悪じゃない。辛うじて……わしら二人は生きているからの」


 そう言い終えた直後、加賀老人が荒く咳をする。目を覚ましたのはいいが、老人の顔色は良くない。語気はあからさまに弱り、晴嵐でも分かるほど、顔には死の影がちらついている。すぐに介抱に向かう生き残りをとどめ、自虐の色を深めて告げる。


「まぁ……わしはもうすぐ死ぬだろうがな。ただでさえ少ない寿命が、ぐっと縮んだわい」

「………………俺も、散々な目に遭いました」

「だが、お前は生きねばならん。この時世では、片目の代償は重いが……詳しく見せろ」

「治せないでしょう。これは」

「だが、悪化するのは防がねばならん。鏡を見て見ろ」


 今の自分の状態を、晴嵐は見ていない。疲れ果ててそれどころではなかった……と言うのもあるし、言うほど痛みを感じていない。時々疼くが、大した事が無いと踏んでいた。

 いや……本当は認めたくなかったのだ。事実を直視したく無かったのだ。たったの一夜で拠点を失い、拠り所を失い、そして……片目まで失った事実を。

 苦い顔で鏡と向き合う。顔はもう、いつも通りではない。

 右目はあらぬ方向を向き、鬱血した瞳は白目部分は赤く染まっていた。一応、晴嵐視点では見えているが、正常な視界を保てていない。処置が必要な事は明らかだろう。


「酷い有様じゃろ。見えているのか?」

「一応は……正常ではないですけど」

「……くり抜いちまった方が良い。多分もう手遅れじゃよ」

「う……」


 順当な結論。出来れば早い段階で、眼を処置すべきだったが……昨日は生き延びるので手一杯。心身衰弱で気を回す余裕も無かった。これで激しい痛みがあるのなら、晴嵐も早急に手を打ったかもしれない。

 けれど……仮に早めに対処を考えたとして、打てる手は無かった。駆け込むべき医療機関も無く、出来る事は少ない。運よくこのまま治ってくれれば……と淡い希望は、抱く事さえ馬鹿馬鹿しい。ただ……僅かな時間だけ、現実から逃避していたかった。それだけの事。


「けど……大丈夫、ですか?」

「さあな。やってみなければ分からんが……このまま放置してたら、目が腐った挙句感染症で早死にするぞ。……トラックの交換物に消毒薬は? 抗生物質もあればより良いが」

「少ないですが、あります」


 それは本来、仲間たちの未来への備えの筈だった。加賀老人にも使えたであろう医薬品は、これから晴嵐が生き延びる為に、必要な品となっていた。噛み合い過ぎた偶然。皮肉な現状を噛みしめる間もなく、加賀老人は男に覚悟を促す。


「それなら……多少は生き残る確率が上がる。ま、それでも運が悪ければ死ぬかもしれんがな。トラックの薬品を取り出して……外の空気を存分に吸っておけ」

「……………………はい」


 本当は避けたい。逃げてしまいたい。が、ここで逃避してなんとするのか。もう使い物にならない右目を処置せねば、晴嵐に未来は無い。頭で理解は出来ていても、これから挑むべき試練に気が重かった。

 ――不幸とは、連鎖してしまう物。加賀老人の言葉を借りるなら、生きているだけで儲けものなのかもしれない。でも、だからと言って、自分の運命に毒を吐かずにいられるものか。


(誰が……誰が裏切った? 誰が主導した? ふざけやがって……)


 ふつふつと湧き上がる憤怒。歪んでしまった右目から液体が零れる。涙ではない。粘度の高い液体を拭うと、赤い雫が垂れていた。

 やはり、眼球の何処かを損傷している。怒りと憎悪で興奮した晴嵐の瞳が疼き、僅かだが痒みと痛みがチリチリと生じた。医学知識は無くとも、危険な事は間違いなかった。


「っ……くそっ……」


 このクソッタレな現実から、逃げようなどない。逃げた所で、死神が背中から追い付いてくる。晴嵐だけじゃない。加賀老人も、昨日『交換屋』で命を落とした面々も……恐怖と対峙する事を避ければ、代償は寿命だろう。

 深く深く、ため息を吐いて。晴嵐は薬品を手に小屋に戻る。咳き込む老人の体調も悪そうだ。これから晴嵐の処置を頼む相手だけど、晴嵐は何かの不安を覚えた。


「……大丈夫、ですか?」

「さぁな……だが、賭けるしかない」


 分かっている。こんな滅菌も不十分なボロ小屋で、麻酔もなしに眼玉を抜いて、空洞を処置する。晴嵐も知識が無いし、加賀老人もどこまで詳しいのやら。けれども出来る範囲で、努力はしなければならない。

 うっかり痛みで舌を噛まぬよう、老人は晴嵐の口に布を噛ませる。痛みで暴れないよう、腕と足も縛り付けて。いくら覚悟してもしきれないが、それでも……やるしかないのだ。

 両手両足を拘束した晴嵐を見下ろす老人。お互いに恐怖と不安を抱きつつも、決して口には出さない。迂闊に言葉にすれば、現実になってしまいそうで怖かった。

 始まる処置。激痛と異物感に吐きそうになる。いくら頭で理解しても、それで痛苦が消える訳じゃない。途中で意識を失った。

 ――結果を受け止めるのは……しばらくの間眠りこけ、夜遅く、晴嵐が意識を取り戻した後だった。

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