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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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老人の『墓』

前回のあらすじ


奇襲を食らい、片目を負傷する晴嵐。高ぶった精神が気配を察知すると、現れたのは加賀老人。もう拠点を放棄するしかないと語る老人。後ろ髪をひかれる思いはあったが、何も出来る事は無いと悟る。失意のまま加賀老人を連れ、物資を積んだ軽トラと共に走り去った。

「そこだ晴嵐、次の角を右に曲がれ」

「………………はい」


『交換屋』拠点が地獄と化し、辛うじて老人一人を連れ脱出した晴嵐。仲間たちが集めた物資を交換し、帰還する筈の貨物が揺れて悲しい。重い車はハンドル捌きにも気を遣う。片目もやられて遠近感も怪しく、行くあても無く彷徨いそうになる中……加賀老人は晴嵐に細かく指示を飛ばしていた。


「よし……そこに車を停めろ。右手にボロ小屋が見えるな? 使う物があるなら、荷台から持っていけ。念のため小屋の中に『吸血鬼』がいないか……索敵を頼む」

「いったい、こんな所に何が……?」


 襲撃事件に心をやられ、まともな判断力を失っていた晴嵐。その彼を導いたのは、老いて久しいクソジジイだった。加賀老人のナビゲートに従い、たどり着いたのはオンボロ小屋。時刻は夕暮れを過ぎ……日の落ちた世界では、物陰から威嚇音が聞こえてくる。遠目に見える白煙、かつての拠点に背を向けて、晴嵐は小屋の中に注意を払った。

 引き抜くのは銀色の刃物。友人から貰った対『吸血鬼』用の装備だ。奴らが潜んでいる可能性は高く、夜間であればより脅威だ。銃も保持していない老人では、自衛できるかも怪しい。これ以上知人を失うのも怖い晴嵐は、小屋の中をクリアリングする。念入りな調査を終え、加賀老人を呼びつつ尋ねた。


「何です? この小屋?」

「わしの墓じゃよ」

「……は?」


 ショックのあまり気が触れたのだろうか。確かにボロボロで、人が生活する空間に見えないが……加賀老人は生きている。墓と呼ぶには広すぎるし、理解できない。まさかボケてしまったのか? 態度と言葉で察したのか、加賀老人は鼻を鳴らした。


「わしは……わしは死ぬ前に、豊橋農場を出るつもりじゃった。誰にも気づかれんよう抜け出して、ここで一人死ぬつもりじゃった」

「なんで……」

「わしが死んだ後……『交換屋』の連中を、しみったれた空気にしたくない。それにの……最後は独りで、静かに死ぬと決めていたんだ。ずっと……ずっと遠い、昔から」


 語る言葉は、晴嵐が生まれる前、老人だけが知る記憶を懐かしみ、いたんでいるようにも見えた。苦々しい笑み……いや、笑みと呼ぶには後悔が滲み過ぎていた。

 なんと声を掛ければいいのか分からないが……晴嵐は直感的に思ったことを口にした。


「まるで……野良猫ですね。自分の死期を悟ると、フラっとみんなの前からいなくなって……誰にもむくろを晒さない」

「わしが猫? 虎の間違いじゃろ」

「なんだっていいですよ。ともかく、時期が来たら……みんなを農場に置いたまま、あなたは独りこの小屋に来て、ひっそりと死ぬつもりだったと……いつの間に用意したんです?」

「拠点を広げ始めた頃から、コツコツと準備を進めていたわい。――そこの木箱を開けろ。一か月分程度の生活物資がある。お前さんが交換してきた物と合わせれば、しばらく生きていけるじゃろう」

「…………………………」


 あまりにも手際が良い。晴嵐さえも気が付かなかった。体調の悪化も予測していたのだろうか? 絶句する青年に向けて、加賀老人は悪態を吐いた。


「ケッ、何度も同じことを言わせるで無いわ! 人間はいつか死ぬのだ。なら死が迫って、自分の意思がままならなくなる前に……備えて用意するのが当然じゃろ。平和だった頃の言葉じゃと……『終活』じゃったか? それを進めていただけだ」


 怒りと共に長文を吐き出すと、激しく咳き込んでしまう。体調悪化を目にし、つい晴嵐が背をさすると、振り払う力も無いのか大人しく介抱されていた。やはり、加賀老人も少なからず弱っている。発作が治まるのを待ちつつ、晴嵐は加賀老人の『墓』を見つめた。

 小屋は狭いが、寝具も食料も用意されており、確かに数か月生き延びる事も出来るだろう。ちらりと見た木箱の中身には、厚めのノートとペンも入っていた気がする。

 けれど晴嵐は、ある事が気になった。


「……武器はどうするつもりなんです。そんな弱った身体じゃ、『吸血鬼』に見つかったら、ひとたまりもない。散弾銃を持っていくつもりですか?」

「いや……使い慣れたのが、ここにある」


 加賀老人は……自分の懐に手を入れた。初めて見るその道具は、映画かマンガ、ゲームなどで見た事のある武器。

 拳銃だ。それもリボルバーじゃない。オートマチックと呼ばれるタイプだ。妙に刻印が施され、古びているが手入れがされている。ショットガンと比べて小さいが、携行性に優れるタイプの銃器だ。そっと撫でる加賀老人の表情は、先ほどのように過去を懐かしみ、苦々しく見つめている……そんな気がした。


「コルト・ガハメント……わしが裏切られた証……」

「……加賀さん?」

「今更言うのもなんじゃが……こいつは、昔からわしが保持していたモンでな。サツに見つかったら、銃刀法違反で捕まっておったろうな」

「えっ……?」


 何を言っている? 何のことを話している? 呆然と見つめる晴嵐に、再び咳き込んで座り込む加賀老人。もう一度近寄ろうとする晴嵐を手で制し、疲れ果てた腰を下ろす。


「そうして……最後は独り、ここで静かに死ぬつもりだった。もう体も弱って来ていた。じゃから、そろそろ……ここに移動せねばならんとは、思っていた。思っていたが……はぁ……」


 言葉の先は、言わずとも分かる。

 なんだかんだ文句を言いながら、それでもやはり情があった。だから割り切れず、時間を使って引き延ばして、あの拠点に居座って、その結果が……


「今日は……今日はもう、休みましょう」

「……あぁ」


 クソッタレな現実から目を逸らすように、加賀老人がボロのベットに横たわる。

 晴嵐も疲れ果てた顔で、片目を失ったものの……なんとか生き延びた事を喜ぶことも出来ず、適当に眠るしかなかった。

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