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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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喪失

前回のあらすじ


『文明復興組』と、物資の交換を終えた晴嵐。つい話し込んでしまい、帰還が遅れた晴嵐が目にしたのは、『交換屋』拠点である豊橋農場が、襲撃を受けている場面だった。夕暮れに活動する吸血鬼サッカー、消えた見張りなど、無数の違和感を覚える中で、彼にも魔の手が迫る……

 一瞬の奇襲。動揺からか、それとも豊橋農場に気を取られていたからか。不覚を悟った晴嵐は、反射的に相手の足を狙う。首に巻きついた手を掴み、逆に投げを食らわせようとした。

 その直後――相手の伸びた手が顔面に、晴嵐の右目に「ぐり」と食い込んだ。激痛。一瞬でぶわりと全身から汗が吹き出し、異物が食い込む感触に悪寒がする。それでもここで怯むわけにはいかない。あらん限りの力で投げ飛ばし、反射的に銀色の刃物を相手へ振り下ろした。

 首に一撃。一瞬の攻防を終え、敵は仕留めた。けれど晴嵐の右目から、激しい乱打する鼓動音がする。本来見えない角度にまで、ぼんやりと何かの像が結ぼうとして、分からない。

 奇襲に対処できたとはいえ、片目をやられた? 痛苦と鼓動が激しくなる中、頭の奥で耳鳴りがする。ふらつく足元。激しい目眩。過敏になった感覚神経が、背後にいた誰かを察知した。急いで臨戦態勢に入ると、知った顔が晴嵐の元に現れる。


「落ち着け……わしだ」


 しわがれた老人の声。直後に小さな咳が聞こえ、誰かを察知し殺気を引っ込めた。晴嵐が落ち着いた所を見て、警戒を解く。振り返り見つめた老骨の顔は、酷く疲れ果てているように見えた。


「加賀さん……よく無事で」

「お主は……確か交換に出ていたか。目が……」

「一体……何があったんですか? 俺のいない間に、何が……」


『わからん』と小さく呟く声。ただでさえ体調が悪いのに、メンタルをやられて参っている様子だ。それでも生き残っている辺りは流石だが、いつも愛用しているショットガンが無い……近くの無事な一軒家へ向かい、姿と気配を隠して現状を告げた。


「……わしが気が付いた時は、フード被った『吸血鬼サッカー』に襲われていた。皆大混乱で、どこがどうなっておるのか分からん。火の手も上がっておるようじゃが……」

「……あり得ない。見張りからの連絡が無かったんですか? 国道沿いの検問所にも、仲間の死体はありませんでした。こんな迅速に潰されるなんて変です」

「『吸血鬼』になった……にしてもおかしい。恐らくこれは……」


 老人は静かな怒りを滲ませ、確信した事を言葉に変える。ギロリと睨んだ先に、豊橋農場の人影があった。


「――襲撃を企んだ連中と、わしらの拠点側に内通者がおる」

「内通……? それって、スパイみたいな物ですか?」

「結果だけ見るなら、そうじゃな。最初は本当に『交換屋トレーダー』として、暮らす気だったかもしれん。だが何か思う所があって、心変わりを起こした。見張り役が、全員襲撃犯側に寝返っていた……で無ければ、この奇襲を説明が出来ん」

「馬鹿な!? そんな事……」

「他にあり得るか? 火が上がっている所を見ろ。『吸血鬼サッカー』は放火なんぞせん。化け物の襲撃が起きたとはいえ、すべての家が火の元に迂闊になるとも思えん。多分……内通組がパニックを引き起こすために……より混乱を派手にするために、戦術的にかく乱するために、ボヤ騒ぎを起こしたのじゃろう。この様子だと……火元を調べてみれば、ただの発煙筒ってオチじゃろうな」

「『本当に火事を起こす』必要は無く『火事が起きている』と誤認させるだけで十分と?」

「現にわしらは散り散りじゃよ。それに『本当に』火事が起きたら、その後の統治も困る。奪った土地を焼いちまったら、価値が下がる。壊さずに奪った方が、旨味があるじゃろ」


 なんでこう、加賀老人は冷静なのだ? 自分の暮らしていた日常を、どこかの誰かに奪われたと言うのに。しかも身内だと思っていた『誰か』から、裏切られた可能性が高いと言うのに、どうして?

 晴嵐の胸から、激しい怒りが湧き上がってくる。けれど誰に向けて、何に向けて怒りをぶつければよいのか分からない。戸惑う晴嵐に対して、加賀老人は告げた。


「もう……もうここはダメじゃ。お主だけでも逃げろ」

「馬鹿な事言わないで下さい! 加賀さんは置いていけません! 他のみんなだって……」

「はっ……! 誰が味方で、誰が敵なのかもわからんだろうが! 助けたつもりで、そいつが裏切り者だったらどうする!? 自分の命を優先しろ! それにわしは散弾銃もない、もうすぐ死ぬだけのクソジジイなんざ、捨てて逃げてしまえば……」

「前も言いましたよね? あなたには恩義がある。物資の交換に使った軽トラがあります。そこまでいけば、とりあえずは逃げれる。食い物も最低限、二人分ぐらいなら持つ」

「わしが裏切り者だったら……」

「これから死ぬだけのクソジジイが、なんで裏切るんです。わざわざこんな、地獄を作る訳ないでしょ!」

「………………ケッ」


 体調の悪い老人。ひねくれ者で、悪態ばかりで、銃器や罠、拠点作成にも詳しい老人。そんな老人が、何故自分が育てた組織を裏切るのか。この老人に限って『交換屋』を破壊する訳が無い。

 そして老人も、晴嵐を疑う様子が無い。いや疑う要素が無い。組織的な破壊工作の痕がある以上、その時遠出していた晴嵐は白だ。片目の負傷も証拠だろう。

 どうにか逃げ出そうと考えている最中、重厚な破裂音が響いた。聞き覚えがある。加賀老人が愛用する散弾銃の音だ。

 誰かがまだ、抵抗している。寄り添い所帯とはいえ、仲間意識のある人間も残っていたのか? 助けに行くべきかと迷う晴嵐は、銃を握った人物を目にする。中年の男性……確か途中から合流した山崎の旦那さんか? 散弾銃を握りしめ、化け物たちを撃ち殺している。援護に入ろうとする晴嵐を、老人は強引に引き留めた。


「止せ。死体が増えるだけじゃぞ」

「でも……! だったら見殺しにしろって言うんですか!?」

「ここでわしら逃げ延びれば、山崎は無駄死にではなくなる。どう頑張ったって、もうこの混乱を収める事は出来ん」

「……でも!」

「くどい! まずは生き延びろ。生きねば、何も始められんだろうが! もう……どう足掻こうが無駄だ、諦めるしか無い! 見切りをつけねば道連れだぞ……!」


 感情を抜きにすれば、加賀老人の言葉が正しいのだろう。どうにか反論しようとした刹那、遠目に見える山崎が悲鳴……いや、悲嘆の声を上げた。振り返ると一体の『吸血鬼』に組み付かれ、血を吸われている場面が目に映る。

 相手は小柄。後れを取るとは思えない。元子供の『吸血鬼』なら、何とか力づくで振り払う事も……そう考えていた晴嵐は、子供の姿にハッとした。

 ――山崎の旦那には、息子がいる――

 何が起きたのか、瞬時に理解してしまった。息子が化け物になった挙句、襲い掛かられて、そして……


「……見るな晴嵐。これ以上は……直視するんじゃない」


 加賀老人の冷徹な声も、少しだけ震えていた。絶望の光景を眺めながら、ぼんやりと晴嵐は呟く。


「……できる、ことは」

「ないと言っている。それとも、これ以上の地獄を見に行くか?」


 ――どれだけ受け入れ難くても、起きた現実は変わらない。

 その後の事は、よく覚えていない。ぼんやりとした頭で、この場から逃げなければならない。それだけは理解して、ふらふらと軽トラックに足を運ぶ。

 いつも通りの交換を終えた。そして帰って来ただけなのに。

 混乱と煙の上がる豊橋農場から目を逸らし、晴嵐は加賀老人を助手席に乗せて走り出す。まだ受け入れられない、悪夢を見ている気分の中で、嫌に老人の声だけははっきりと聞こえた。

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