変化と不変
前回のあらすじ
三つの勢力に分かれた世界で、晴嵐は交換屋として各所を巡る。『覇権主義者』の圧を受け流すと、向こうから勧誘されたが断り、自分たちの拠点へとボロトラックを走らせる……
荒れ果てた世界の中、一台のオンボロ軽トラックが駆動音を響かせていた。
荷台は中心部に、十字の板が固定されている。ちょうど四つのブロックに分けられたトラックの中には、種別ごとに分けられた物品が音を立てていた。
金属音と食料。売り物の品と買い取った品。四つのブロックに分割された物を載せ、最低限整理した元国道を走り抜けていった。
晴嵐の表情は硬い。一応見た目はコンクリートの道路だが、ひび割れは増え、雑草が顔を覗かせている。何気ない道路一つでさえ、人の手入れが為されなければ風化と劣化は進んでいく。文明の恩恵を改めて噛みしめる余裕もなく、彼は周辺に目を配らせていた。
車間距離や、歩行者に注意する時代は終わった。むしろこの状況で歩いている人間や、接触を図るような輩は警戒せねばならない。今、晴嵐は『覇権主義者』のグループから、自分たち『交換屋』集団の拠点、豊橋農場に向けて帰還中だ。
つまり――交換に使わなかった余りの商品と、向こうと物々交換で受け取った資源を満載している。その車両を襲って、お宝満載の物資を奪ってしまえ……と考える人間は、少なからず存在する。
この移動中が一番緊張する。下手をすれば組織と取り引きするより、プレッシャーを感じる事も多い。最低限の整備のせいで、移動ルートも多くはない。撒き菱めいた罠を食らって、そのまま行方不明――なんて事件もたまにある。
じっとりと嫌な汗をかく。拭う余裕はない。ただでさえ悪路で速度は出ず、エンジン音と荷台の音で、警戒するにも限界がある。何事もない事を祈りながら、彼は車を走らせた。
当たり障りのない、変わり映えのない空気。いつ壊れるかも分からない日常。嫌なモノが胃の底からせり上がるのは、車酔いが原因ではあるまい。緊張しっぱなしだった晴嵐だが、国道を走り終えた所で、ようやく一息つくことが出来た。
「お帰り晴嵐。商談は?」
「概ね予想通りの内容。次回の注文もいくつか。詳しくは向こうの掲示板に貼っとく」
「あいよ。ともかくお疲れさん」
「あぁ」
国道を進み、農場の道に入る前――一軒家を改造した検問所に、見慣れた顔が警備に当たっていた。領土を広げた『交換屋』の面々は、国道手前まで支配域を広げている。人も増えたし、物も増えた。整備も進み、国道を封鎖していた車両は、邪魔なものを優先して道を外れている。今では『商品』や『商品の材料』として、残骸を解体、分解に回される事もしばしばだ。ただの障害物だった頃も、今はもう懐かしい。一年とたたない間に、状況はめまぐるしく変化していた。
「何か異常は?」
「うーん……どうだろ」
「すぐに思い浮かばないって事は、異常なしじゃないか?」
「あ! いや、あったわ。横田が『カルト共』から、ガッツリ物資引き抜いて来たって話」
「はぁ……? なんじゃそりゃ?」
「詳しくは知らね。でもなんか、いつも世話になってるからって……勧誘のつもりなんじゃねーの?」
「冗談キツいな。俺、あのグループ苦手だ」
「合わない奴には、とことん合わないよなぁ……」
話し相手もまた『カルト組』を苦手としているらしい。車の窓から雑談する中、簡易的に封鎖された道路が、仲間たちの手によって開かれる。物資の搬入のため、軽く手を上げて合図し、再びアクセルを踏み込んだ。
この先は、所属する人々が生活するための領域。物資を保管するための領域。資源を加工するための領域などが存在している。広がった領土は区画整理され、ちょっとした町のようになりつつあった。
――一度文明が壊れかけた程度では、人の本質は変わらないらしい。
破壊されたら、それはそれで対応する。生きるために群れ、生活を便利にし、他の組織と交流を図る。世界が滅びに近づこうが、平穏なままであろうが……発展していても、していなくても、その心根に差は無いのかもしれない。
『新しい日常』を受け入れつつある自分に笑って……ふと、その表情に影が差した。交換した物資の搬入を急ぎつつも、晴嵐の表情は冴えない。手の空いた山崎の大黒柱がさりげなく手伝い、雑談そこそこに伝えた。
「加賀さんは今日調子がいいですよ。何なら畑仕事していますし」
「……無茶して欲しくないんだけどな」
「体を動かさないと、弱る一方……って本人は言ってます。正直私も心配です。晴嵐さんからも、ちょっと言ってやってください」
「……そうですね」
晴嵐よりずっと年上だが、山崎さんの立場は晴嵐より低い。
と言うより現状『交換屋』一派において、大平と横田の二枚柱が力を持っている……らしい。
あまり晴嵐は関心を持っていない。自分が生き残るのに必死で、周りに気を遣う余裕が少ない。あくまで必要な事を淡々とこなす……と言うのがスタイルだ。
一方、横田は他の人間とよく話し、愛想がある。まとめ役としては彼が後継者と目されているが、晴嵐はこれにも興味を持っていなかった。
彼が興味を持っているとすれば――今話題に出た老人の容態。この『豊橋農場』を切り盛りしてきた老人についてだ。
晴嵐が帰還し、本当に畑仕事をしている老人に呆れつつ声を掛ける。
バツが悪そうに眼を逸らした老人は、二回ほど口から咳を吐き出していた。




