世は正に世紀末
前回のあらすじ
崩壊した秩序。崩れていく常識。出没する化け物と、荒れていく人々。壊れた国家の中で、それでも人々は新しく連合や同盟を生み出し、そして対立と戦争が始まる。そんな中、豊橋農場の面々も、大きく意識を改革していった……
すぐに放棄車両に身を隠し、遠方からの気配に耳を澄ます。存在を隠しもしない連中は、自分たちの存在を誇示しているようにも思えた。
平和な時期なら、暴走族と呼ばれる連中に似ていた。しかし今、この世界の現状を一言で言い現わすなら――
「ヒャッハーッ!!」
「オラオラァ! モーフィス団のお通りだァ!」
「おとなしく金と肉を寄こしやがれェ!!」
一時ならドキュン、DQNなどとの略称を持っていたかもしれない。あるいはこの時代が到来する前は、実際にDQNだった可能性もある。が、今この環境では冷ややかな目線で、距離を取るだけでは済まない。むしろ向こう側から、積極的に襲い掛かってくる『敵』として認定して良いだろう。
古いマンガを思い出す。世界が核の炎に包まれ、荒廃した世界で火炎放射やら、格闘術やらで崩壊後の世界を生きる……そんな人々を題材とした作品があった気がする。
他にもキノコやらウイルス兵器の漏洩やらで、荒廃後の世界では『ヒャッハー』な輩が出没するものらしい。創作物に限定された話かと思いきや……現実でも起こり得る話だったようだ。
元々平和な時代でも、チンピラめいた輩たち、DQNな人種が存在していたのだ。秩序が健在な時期でも荒れていた輩が、システムの崩壊でタガが外れる事は想像がつく。自由と言う名の無秩序を愉しむ……または、秩序からの解放を喜び、心から叫んでいるようにも見えた。
「イヤッホーっ! おっ! 女!? 女がいるぞ!」
「ヘイヘイねーちゃん! こんなところで何してんの~?」
「危ねぇぞぉ? 俺たちが家まで送ってやろうか~?」
暴走族はバイクを止めて、華やかな衣服を風に靡かせていた一団は、一つの住居の玄関口に目を向けた。数は五人。ヘラヘラと下種な笑みを浮かべ、うち一人は金属バット……いや、金属の棘を見るに『釘バット』と呼ばれる鈍器だろうか。どう見ても危険人物は五人組の方である。人影の方に向かっていく姿を、横田は冷徹な目線で見送り、懐の無線機に手を伸ばす。
「『悪いお客さん』が五名。迎撃準備を」
『了解、増援を送る。向こうが手を出すまで待機で』
「気づかれないよう、観察を続ける。オーバー」
非日常的なやり取り。まるで映画の特殊部隊。かっこつけた訳じゃないのだが、不慣れな新しい日常に妙な高揚感を覚える。もっと言うなら――『マヌケを罠にかけた時の、暗い愉悦』とでも言い換えられるだろうか? 左手に煙幕玉、右手に竹製のクシのような武器を手に、足音を殺して忍び寄る。
バイクを降りた五人組は、庭に佇む女性の人影に歩んでいく。後ろ向きのソレは金色の髪に、鮮やかな赤のワンピースを着用している。顔は見えないが……華やかな着衣とスレンダーな身体の線は、男ならそれなりにソソられるかもしれない。柄の悪い男たちに声を掛けられても、何も返さず立ったまま。肝が据わっているのか、それとも何かあるのか。反応のない金髪に、不機嫌そうに五人組が声を荒げた。
「オイオイなんだよ無視ですかぁ? 俺らキレっと何するか分かんねぇぞ?」
「今から態度変えるなら、滅茶苦茶可愛がってやってもいいゼェ?」
「……」
「コラァ! シカトこいているんじゃねぇぞ!?」
どう見ても情緒不安定。あからさまな不埒な輩に、怯え一つも見せない金髪の人型。頭のイカレた奴か、それとも既に化け物なのか。眉根を上げて、釘バットを軽く振って威圧するも、やはり金髪赤ドレスは動かない……
この手の輩は、自分たちの存在を誇示したがる傾向がある。故に『完全に無視』されると逆上する事も多い。ましてや今は『秩序の枷』が外れた直後だ。キレたヤンキーよろしく、五人組の一人が吠える。
「オイコラ女! シカトこいてんじゃねぇ! ヒン剥くぞゴラァっ!!」
腕を伸ばし、チャラチャラした男が金髪赤ドレスの肩を掴む。ぐっと引き寄せた途端、何の抵抗もなく振り返り、足がもつれて、地面に引き倒された。
からんと乾いた音と共に、金色の髪……いや『金色のカツラ』が頭部から外れる。人型が倒れた瞬間、プラスチックの身体が球体関節から砕け散った。
金髪赤ドレスは、ただのマネキン――頭を真っ白にした荒っぽい連中に向けて、横田含む複数の人影が包囲陣を敷いていた。
「あ? あ? なんじゃこりゃぁ!?」
「こんな下らねぇのに……!」
「お、オイ見ろ! 囲まれてるぞ!?」
「オイオイてめぇら! 俺らを誰だと思ってやがる! 俺らは天下のモーフィス団――」
きぃきぃと喚く声を無視して、包囲を掛けた面々は号令をかけた。
「攻撃開始!」
「「「「「うおおおぉっ!!」」」」」
全員がそれぞれの武器を持ち、五名に対して仕掛けた。数は15人ほどで、数量は三倍近い。おまけに保持している武器も、近接武器に限定されていなかった。
壊れたモップの握り手を改造した投げ槍。
金属ジャンクと爆竹を組み合わせた簡易手榴弾。
竹材を使った弓矢や盾。
明らかに……『組織』となった農場を拠点とする一団は、侵入者に対して容赦ない攻勢を仕掛ける。たかが一か月、されど一か月。人の心が変化するには、十分すぎる時間だった。
一人、また一人と倒れるヤンキー。最後の一人は愕然と立ち尽くし、正面から歩み寄る一人の男と目を合わせる。
まだ若いのに、氷雨のような冷たい表情。豊橋農場で『横田』と呼ばれていた男が、最後の敵と向き合う。
「お、俺たちに手を出してタダで済むと――」
「これから死ぬ奴の事なんて知らない。それに悪いけど、こうしないとこっちが殺されるんだ」
ただそれだけを呟いて、彼は、横田は、生きている一人の人間に対して、手製の刃物を投擲する。
どすっ、どすっ。と何度か突き刺さる鈍い音の後、最後の一人も絶命した。




