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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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積極的残虐性

前回のあらすじ


 辿り着いた三島家。放置されたバーベキューコンロ。変わり果てた家の奥から、何かの気配を感じた晴嵐。まだ普通の人間の範囲にいた晴嵐は、恐る恐るも覚悟を決める。

 どっ……どっ……

 心臓の音が、異常なほど大きく聞こえる。心の緊張に合わせて、体が激しく反応を引き起こしていた。大型のサバイバルナイフを引き抜き、まだ手に馴染まないグリップを握りしめる。ガチっ……ベリっ……と、ゆっくり踏みしめたガラス片の音でさえ、晴嵐は嫌になりそうだ。靴を履いていてよかったと思う反面、音はかかとを通して耳朶に届く。バレるのではないかと不安になるが、奥の部屋に動きは見られない。

 視界を奥へ、気配の方へ。静かに足音を消して忍び寄る。昼間でも電気が無ければ、テレビも電灯もない分薄暗い。忍び足で近寄ると、ふーっ……ふーっ……と、荒々しくうるさい、けれど規則正しい呼吸音が聞こえてくる。


(……寝息か?)


 人間のいびきにしては、あまりにやかましい。獣に近いが、けれどこんな声は聞いた事が無い。人の声帯を無理やり借りて、動物が爆睡しているかのようだ。

 恐らくその感想は間違っていない。真昼間からこんな睡眠を取る人間が、この一週間にいるとは思えない。世界中が大混乱の中で、熟睡できる訳がない。胆力云々を通り越してキチガイだ。晴嵐が覚えている限りでは、三島とその一家は……そこまで豪胆な人間ではなかったハズ。ならば――怪物と化した三島家か、それとも赤の他人か、怪物か。

 ……覚悟を決めたつもりでも、事実を認知し心が揺らぐ。これでもう、正気の三島家の人間は存在していない。やるしかない。このまま襲撃を仕掛けるしかない――ぐらりとめまいがしたが、音を立てぬよう必死に気力で持たせた。


 ふーっ……ふーっ……


 呼吸音は、晴嵐の口からも零れ始める。能動的な殺害に、精神が拒否反応を起こしそうになる。もう化け物を殺しているだろう? と必死に言い聞かせても、敵だったから、向こうが襲ってきたから言い訳できたと、別の自分が良識を訴えてくるのだ。

 人ひとり殺すかどうかで、一線があると聞いたことがあるが……厳密には違う。相手を容赦なく加害する「積極的残虐性」を行使するかどうかには、目に見えない強烈な「一線」が確かにある。

 例えるなら……「足元の虫を無自覚に踏みつぶす」のと、「自衛のために殺す」と、「足元の虫を捕まえて、バラバラにして殺害する」かの違いだろうか? 今、この世界で、生き残るために必要なのは……この残虐性だった。

 ――加賀老人は、これを持っていたのだろう。だからあの夜、初めて化け物と対峙した夜に、躊躇なく散弾銃の引き金を搾れたのだ。サバイバルナイフを握りしめて、黒い感情を湧き起こす。初めて――心の底から「殺してやる」と、静かに殺意を練って晴嵐は足を進めた。


 ふーっ……ふーっ……


 扉の先の小さな部屋、使われていない物置だろうか。タンスに寄りかかって息を吐くのは、汚れた衣服を着っぱなしの、見知らぬ女。血濡れた口と爪を見るに、正気を失った人間に違いない。三島家の誰でもないと知った晴嵐は、ぐっと背を屈め両手でナイフを握った。

『化け物』は主に夜、活動する。つまり昼間は休んでいる。生物は睡眠が必須だ。『化け物』になっても、そこは変わらない。

 一際暗いその部屋に日は差さず、湿っぽくカビ臭い。うす暗い闇といい、ここは棺や墓標を不意に連想させる。蘇った死者、血を啜る怪物、対峙する自分は化け物殺しか? 罪の一線を越える為に、デタラメな即席英雄譚が脳裏に浮かんだようだ。

 自己の正当化――心を守る為に、現実を歪める精神の働き。健全な精神の活動の一種だが、ならば歪められた認知はどうなる? いや、そんなことはどうでもいい。必要なのは理屈ではなく――突き通すと言う、意思だ。


 ふーっ……ふぅぅぅっ!


 呼吸が変わる。四肢に稲妻が走る。睨むは眠った怪物。握るは刃物。恐る恐るから、襲う動きへ。ぐっと握りこむグリップ。ナイフの振り方は教わったが、経験は薄い。不意打ちでやるなら、まっすぐ腰に構えて突撃した方がいい。数歩助走をつけ、響き渡る足音に目を覚ます怪物、気が付けば晴嵐は声を上げて走り込んでいた。

 ぎゃぁっ! と悲鳴を上げる。へその上をナイフで刺突し、タックルを食らった女を押し倒す形になる。見つめあう両者、だが瞳は目覚めた直後でも、ぎょろりと敵への悪意と憎悪に滲んでいた。

 汚らしく唾を飛ばす。何かを叫ぶ。異常な膂力で引っかき、掴んで、抵抗を続ける化け物。刃物を引き抜いて胸に向けて、逆手に握って振り下ろす。

 どすっ、どすっ、どすっ! どすっ……!

 形相は必死。細かに考えたり、感じたりする余裕はない。相手が動かなくなるまで、ひたすら刺して刺して刺し続ける。返り血に濡れる体、充満する血の臭い。何か少しだけ腐敗臭が混じっているが、それを感じる余裕はない。アドレナリンが理性を溶かし、鮮血に濡れた化け物と、返り血に汚れた晴嵐が暗い室内に佇んでいた。


「はぁ……はぁ……う……っ」


 気分は、良く分からない。興奮なのか、拒否反応なのか、もう判別がつかなかった。一つ断言できるのは、酷く疲れたという事実……

 体を洗いたかった。ついた穢れを落としたかった。すぐに駆けだし、キッチンで何度も顔を洗う。呼吸は荒いまま、必死に血を払い落とす男。シンクを流れる水の音も妙に大きく感じる。吐き気も湧いたが、口をすすいでやり過ごした。


「はぁ……あぁ、くそ。気分が悪い」


 鏡のように映る、銀色の流し台。顔色も心なしか、悪人面になった気がする。頭を振って、影を振り払うようにリビング中央のテーブルに目を向ける。

 ――テーブルの中央に、一つのメモとノートが置かれていた。

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