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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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外の有様

前回のあらすじ


老人の演説を受け、友人宅の三島家の様子を見に行くと決めた晴嵐。引き留めようとする気配のある加賀老人といくつか話し、老人からサバイバルナイフを預かった。

 いくつかの手荷物と、加賀老人のサバイバル・ナイフを手に……晴嵐は「豊橋農場」から出立した。バックパックを背負い込み、腰に差した刃物の感触を確かめて、コンクリート舗装を進む。

 ――見送る人はいない。横田さえも農場内で各種作業に取り組んでいた。来るものは拒まず、去る者は追わない。感傷に浸る時間さえ皆には惜しい。晴嵐以外にも何名か出ていく人物はいたが、各々の判断と都合で、自由に農場を後にする。


「外は……荒れてるよな。確実に」


 夜間の混乱の音、警察車両のサイレン音。時には銃声も混じっていたと記憶している。証拠こそないが明らかだ。一軒家と、個人経営の店と、中央分離帯も無い細い道では、先の様子はよく伺えない。一見大きな変化が無いように思えるが、ふとその時、晴嵐は周囲に鳥類が飛び回っている事に気が付く。

 ――まるで、警戒心を忘れたかのような光景。晴嵐からは距離を取っているが、点在する建物の上に我が物顔で旋回している。さぁーっと風が吹き抜けると、僅かだが動物臭いと思った。


 そこで気が付く。周辺の建物、庭先、道路……そのすべてから人気が無い。人間の生気が無い。人の暮らす生活のにおいが……この周辺から欠けている事に。

 洗濯物は干されていない。仮に衣服が垂れ下がっていても、干しっぱなしで風に煽られ、土に汚れていた。ちらりと見えた塀の低い一軒家には、誰もいない居間に、つけっぱなしのテレビと電灯が見える。他にもノイズだらけのラジオの音が、時折聞こえて止める者がいない。

 住人はどうしたのだろう? 逃げ出したのだろうか、それとも――いや止そう。ここの人々がどうなったのかは、考えたくもない。三島家が無事な事を祈りつつ、歩いて20分のニュータウンを目指す。しばらく進めば国道にぶつかるし、もう少しだけ周囲の様子も分かるだろう。


「……酷い有様だ」


 黙っていられなかった。覚悟はしていたつもりだった。でも……変わり果てた日常の姿に悲哀を抱かずにいられない。

 今晴嵐が通っている道は……何度も使った事がある、国道の一つ。彼を出迎えたのは……止まったままの一般車両。道路にいくつも連なり、まるで蛇がしなる様に、ぐにゃぐにゃの列を作っていた。空いたままの扉、いくつか見える血痕。中にはガードレールに突っ込み大破炎上した車両もある。不幸中の幸いは、既に燃焼を終えている所か。この有様では消防車両も入れまい。

 クラクションもエンジンも止まり、車はただの金属塊になり果てている。分解すれば資源に還元できるかもしれないが、今はそれどころではない。

 時々歩道まで侵食する鉄塊を、最初は上品に迂回していた晴嵐。徐々に苛立ち、じれったくなり、どうしても通れない場所は車を踏み越えて進む。どうせ誰も見ていないし、仮に目撃され、文句を言われたとしたら「勝手に放置したお前が悪い」と言い返してやればいい。湧いた罪悪感が付きまとい、ちらりと見えたモノに晴嵐はぞっとした。


「う…………」


 そのモノは物質だ。かつて人であった物質だ。衣服と千切れた布切れ、胸に空いたのシミを中心に穴が開いている。歯に伸びた牙は、化け物になった後撃ち殺された痕跡だろうか……

 吐き気がする。腐敗臭に……ではない。死体のいくつかに群がる、猫やら犬やら鳥やら……ともかく肉食や腐敗物を貪る動物が、死体を食っているのだ。

 生きた人間の気配に、死肉漁り共が一斉に去る。半端に欠損した人型の中には、これまたウジやらの昆虫がたかり、晴嵐の目線を意に介さず、腐敗しかけの血肉を貪っていた。

 これが死か。人は死ぬとこうなるのか。埋葬されずに死んだ生き物が、死肉を食う生物や細菌によって分解されていく。そんな光景は「農場で」「死んだ野生動物」を見た事はあった。

 だが……それを「人間」の形で見せつけられるのは、強烈な生理的嫌悪と恐怖を覚える。同族の死に警戒するのは、人間に限らない話だが……目の前がぐるぐると回り、酸っぱい液体が胃の底から喉へ逆流しそうになる。


(だ、だめだ。吐くのはマズい)


 加賀老人の教えだった。精神的なショックによる嘔吐は、サバイバル環境では絶対に避けろと。未消化の物質を外部に出すなど、せっかく取り込んだ栄養を丸ごと失う事になる。生理的な不快感を、理性と意思で何とか晴嵐は抑えた。

 落ち着け

 落ち着け

 荒々しく鼓動する心臓を押さえる。どくっ、どくっと鼓動音は胸の中心から激しく内側を駆け巡っている。荒々しく巡る激情とショックを自覚し、上下する肺の活動を知覚する。

 湧き上がる不安を抑えるために、浅い呼吸から、深い呼吸へ。徐々に感覚を四肢へ送り、肺をゆっくりと上下させる。


「ふーっ……ふぅーっ……!」


 もはやこの光景は、珍しい事じゃない。埋葬されない人型の死体なんざ、いくらでも出現するに違いない。いちいち躓いていられるか。ここから先、もしかしたら、三島一家の死体や、化け物になった知人と遭遇する可能性があるじゃないか。

 覚悟していた筈だ、知っていた筈だ。悲鳴を上げる本能を、呼吸を整える事で統率する。帰りたいと言う泣き言もやってくるが、それでも進むしかないじゃないか。

 腐敗の進んだ死体と、車で塞がれた馴染みだった道、壊れてしまった日常の風景を見つめて、それでも彼は歩き続ける。

 ――半端に迷えば迷うほど、時間も労力も無駄に終わる。せめて三島家に行って帰らねば。若干憔悴した晴嵐は、不意に不気味な目線を感じていた……

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