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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第一章 異世界編

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はじめてのおつかい

前回のあらすじ


 シエラ兵士長に宿屋を訊ねたところ、テティの母親が勤めている宿があるらしい。彼女を待つ間休み、合流の後宿屋に向かう。勤務中の母親と再会し、喜び合う二人。亭主とロボットめいた存在と交渉に一区切りついた所で、晴嵐はテティと母親二人に話してみることに。

 ウェーブのかかった長い金色の髪、青白い瞳の色と、やや色味のある肌が特徴の、中年の女性は……テティの特徴を確かに備えている。身体つきや背の高さが似ていて、特に後ろ姿はそっくりだ。

 娘と比べると、少しふくよかな身体つきだが……初対面の女性に言うほど無粋ではない。彼の動きを感知して、改めて母親は頭を下げた。


「あぁ……旅の猟師と聞いたよ。娘を送り届けてくれてありがとうねぇ」

「わしは大した事しておらんよ。しっかりした娘よな」

「そうだねぇ……主人に見てほしいぐらいだよ……」

「もぅ、母様ったら」


 口をすぼめて娘は拗ねる。不思議な事に母親の前では、テティは妙に子供臭い所作に変わった。猫を被っている感触もなく、ここだけ見れば『生まれ変わり』の話が嘘のよう。懸念を顔に出した彼へ、テティはちろと舌を出した。


「そんな顔をしないでよ。家族の前ぐらい、いいでしょ?」

「事情を知っているとのぅ……」

「今の家族に、私の中身は関係ないわ」


 屈託ない笑みに晴嵐は戸惑う。今の彼女は母の愛を享受し、感謝する娘と誰もが疑わない。理解が及ばぬと低く唸った後、人目を気にしつつテティに近寄る。

 懐の金を少女に見せつつ、亭主たちに気取られぬようこっそり聞いた。


「なぁテティ、手持ちはこれぐらいなんじゃが……どれぐらい泊まれる?」

「んー……三か月は泊まれないわね。一か月なら大丈夫と思う」

「それと悪いが……どれがいくらか教えとくれ」

「なるほど? お金の形は違うのね」


 テティとの協力関係が、早速生きた。今まではシエラを売人の間に立てていたが、これからは自分で金のやりとりをしなければ。けれど、通貨の価値を知らないと明かせば、不審者扱いは免れない。

 事情を知る彼女がいなければ……遠目に金銭のやり取りを、観察するしかなかった。実行する際にも、強い不安を胸の内に溜めて……まるで初めてのおつかいをする子供の様に、緊張する羽目になっただろう。


「こんな感じよ。大丈夫?」

「覚えたぞ。助かる」


 ひそひそと秘密めいたやりとりに、母親があらまぁと口元を押さえ、目をぱちくりさせる。


「あらあらまぁまぁ。うちの子にも春が来たんだねぇ……」

「母様……彼とは違います。ちょっと愛想が無さすぎるし……ないわー……」

「悪かったのぅ。わしもお主には惚れたくない」

「母様、聞きました? ここだけがお互い同じ見解なの。もっといい人絶対いるから」

「いつになく辛辣だねぇ……」


 はははと談笑する傍ら、自分は恋をするのだろうかと、晴嵐は考えてしまう。――こんな穢れ切った自分に、一体誰が惚れるのだろう? 仮に言い寄る輩がいたとしても、裏があると探りを入れてしまう気がする。

 後ろ向きの想像を抱いて、親子たちから憂鬱に顔を背ける。カウンターに身体の方向を変えると、にやにやと傍観する亭主と、ロボットの頭部が覗いていた。露骨な舌打ちと共に、不機嫌に交渉の席に戻る。


「お待たせしました、お客さん」

「……亭主、お主らの方が待っていたじゃろ」

「はて? 私のメモリーには何もありません」

「チッ」


 あからさまにふて腐れ、毒を吐く彼を生暖かく見守る。らちが明かないと強引に、ビジネスの話に移った。


「で? 料金表は?」

「これこれ。で、どれにする?」


 一覧の中から、一か月分を指差す晴嵐。提示された金額を取り出し、店側に支払った。亭主は確認を済ませると、彼へ鍵を手渡し告げた。


「ほいじゃ、部屋は207を使ってくれ。晩飯は酒場やってる時に来れば、いつでもいい」

「そうか……だが今日は来ないかもしれん。呼びにも来なくていい」

「なぜです?」

「……多分、泥の様に眠っておる」

「成程、起こすのは悪いな。朝食は6~8時の間に来てくれ」

「……努力する」


 一通りやりとりを終えると、視界の隅てテティが笑っていた。始めての会計を見守る少女へ、彼は喉を鳴らし顔をしかめる。


「ジロジロと見んでくれ……」

「心配にもなるわよ」

「………………」


 仕方ないと己に言い聞かせても、気恥ずかしさは消えてくれない。悪態をつく彼へ、軽く手を振った。


「じゃ、私もそろそろ帰るわね。また様子を見に来るから」

「やっぱり気があるんじゃないか。隅に置けないねぇ」

「違います母様……おいおい分かるはずです。母様なら」


 意味深な発言に、母親も晴嵐もきょとんとする。問い返す前に、テティは外へ行ってしまった。


「なんなんじゃ一体……」

「さぁ……?」


 一瞬だけ顔を見合わせる二人。いたたまれない沈黙に包まれ、距離感を図れずに二人が戸惑う。硬直した彼らを動かしたのは、亭主が二度手を叩く音だ。


「ささ、お客さんも疲れてるみたいだし、ターニーさんも仕事に戻ってくれ」

「あぁ、すみませんマスター! セイランだったかい? 改めてありがとうねぇ……ここはいい店だから、ゆっくり旅の疲れを癒しておくれ」

「……あぁ」


 柔和な笑みがむず痒く、つい視線をそらしてしまう。こういう感情の伴ったコミュニケーションは、どうも苦手だ。

 ここに至るまでの苦労も重なり、階段を上るのさえ億劫になる。ぐったりと重い身体を運び、あてがわれた部屋へ鍵を差し込んだ。

 すぐさま鍵をかけなおし、適当に荷物と外着を脱ぎ捨てて――清潔なベットに横たわる。


「あぁ~~~…………っ……」


 全身の力を抜き、蓄積した疲労がうねりを上げる。一度も気を抜けず、肉体労働続きでもうヘトヘトだ。

 部屋を観察するのも忘れて、重くなった瞼を閉じる。

 ようやく手にした休息拠点で、晴嵐は初めて、深く深く眠りについた。

用語解説


 ターニー・アルキエラ

 瞳の色は青で、ややふくよかな女性。後姿がテティそっくりで、一目で親子と分かるほど


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