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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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『覚悟を決めろ』

前回のあらすじ


化け物どもと遭遇した三人。血を啜る化け物を容赦なく撃ち殺した加賀老人。起き上がり、蘇った農場の主、豊橋老人も撃ち殺して……今後に備えろと冷徹に言い放つ。

 怖ろしい一夜が明け、朝日はまた昇った。

 悲鳴は日が落ち、陽光が差すまでの間で上がり続けた。化け物が吠える声も、多くの人が耳にしていた。

 が、直接確かめず、自前の拠点で籠っていた者もいれば……信じられない事に、ぐっすり熟睡したまま朝を迎えられた者もいる。中には化け物と対決し、生き残った者達もいるが……これが現実かそれとも悪夢か、一度核戦争で世界が崩壊したとはいえ、それでもやはり信じきれない。

 しかし老人は現実を直視し、若者二人は直視し過ぎて寝不足だ。老人の指示で獣の罠を仕掛けていたが、現実逃避と一歩手前だろう。やつれた二人と銃を握った老人は、農場関係者全員が集まった所で、撃ち殺した二体の人型を仲間たちに見せていた。


「加賀さん……ほ、本当なんですか……? と、豊橋さんが……」

「死体を良く見ろ。こんな犬歯が伸びておったか?」

「…………いいや。覚えが無いです」

「そ、そもそももう一人も……牙が、異常に伸びているし……何があったんだ……?」

「知らん。何も分からん。じゃが……おい横田、大平。話せ」

「は、はい……」


 二人の若者が、昨日の事件について情報を共有していく。襲われていた豊橋老人、異様な様子で迫りくる人型の、異常な膂力と血走った瞳。加賀老人のショットガンによって撃ち殺したが、その直後起き上がり、化け物になって襲い掛かる豊橋老人……

 以上の事から、横田は今回の事変をこう締めくくった。


「昔の映画とか、創作物で良くあったじゃん……ゾンビ物作品の基本って、知ってるか」

「「「「「……」」」」」


 口に出したくない。認めたくない。人から人へ伝染し、化け物へと変えてしまう存在の事など。自分たちは獲物で、奴らこそが捕食者なのだと、決して。

 散弾銃を今も握ったまま、一同をギロリと見つめる加賀老人。怖ろしい気迫を纏った老骨の声は、淡々と五感で感じ取った周囲の様子を聞かせた。


「まだ何も、決まっている訳ではない。すべてを確かめてもおらん。じゃが確実に言えるのは……奴らは現実に『いる』と言う事じゃよ。そして恐らく、まだ終わっておらん」

「違いますよ加賀さん。これは多分……始まりなんだ。本当の終わりの始まりなんだ」

「不吉な事を言うな」

「だってそうでしょ!? 人間を次々とバケモンに変えるんですよ!? これから……ネズミ算で化け物は増えて、最後は……」

「だったら猶更、必要な事がある。わかるな?」


 正気を失いかけた横田の言葉を、加賀の圧がせき止める。農場に住み込みで働いているのは二十人前後。燃料が貴重になった現状、重機より人力の方が小回りが利く時代だ。一同を見渡してから、加賀老人は「ついてこい」と全員をある場所に誘導した。

 道路側に仕掛けられた、大型のトラバサミ……イノシシや熊を捕えるための、鉄の罠がいくつも口を開けていたが、一つだけ獲物を捕縛していた。

 捕獲された血に飢えた化け物は、まるで赤ん坊がミルクを零したようなシミを、衣服に作っている。違いは乳白色ではなく、赤黒い不吉な色合いな事だろう。人の形をしたソイツは、必死に暴れまわり、若者たちに牙を剥いて威嚇する。しかし晴嵐と横田、加賀の三名は「様子が違う」事に気が付いた。


「なんだ……前より怖くない……?」

「……そうじゃな。夜は殺気めいておったが、今はビビって威嚇しとる。おい横田、何か知らんのか?」

「い、いや……全然分からない。ゾンビ物にしたって……あぁでも、夜の方が凶暴な気がする。てかなんか、湯気吹いてません……?」


 よくよく見れば化け物の衣服の裏から、プスプスと何かが焼ける音がする。まるで太陽光にあぶられているかのようだ。罠にかかったソイツは、逃げようと藻掻いているように見える。加賀老人は、じっと見つめてこう言った。


「太陽光が弱点なのか……?」

「わ、分かりません。でも、きらってそうですよね……?」

「うむ。それに迫力が無い。夜行性なのかもしれん。何にせよ……コイツはもう、人の形をした化け物じゃ。人間じゃない。分かるな?」


 晴嵐と横田は、化け物の存在を体感で知っている。完全に人外と化した、元人間について経験していたが……他の者達は無知だ。今日この日、捕まえた化け物を目にするまでは。

 一体どうする気なのだろう。二人の若者が戸惑う中、加賀老人は残酷な言葉と道具を投げつけた。

 鉄パイプ、長めのレンチ、バール、金属バット。要は振りかぶりやすい打撃武器になりそうな道具だ。周りについて堂々と、言い放つ。


「お前ら……こいつを殺せ」

「「「「「えっ……」」」」」


 全員が、固まった。晴嵐や横田さえも固まった。目の前の化け物は、確かに凶暴な面で暴れている。襲われた彼らと、加賀老人は脅威を理解している。だが、いきなり何のつもりなのだろうか、加賀老人は? ギロリと全員を見渡して、散弾銃を化け物に突き付けて、言う。


「ここで引金を引けば、コイツは死ぬ。じゃがショットガンは一丁しかない。弾丸も補給は難しい。そしてわしは、全員を守れる気はせん。だったら……貴様らは、いざと言うとき自分の身を、自分で守るしかない。手を汚してでもな」

「……で、でも」

「こうなる原因は分からん。ゾンビだか病原菌か知らんが、わしらがはっきり言えるのは、コイツらは人から人に伝染する。殺さねば、お主らがこうなるかもしれん。わしや横田、大平も……こうなるかもしれん。その時綺麗事を言っていては、化け物の仲間入りだ」


 まだ何も、確定的な情報が無い時期。だが、加賀老人の判断はあまりに早かった。分からないなりに現実を見つめ、これから必要な事を理解していたのである。


「時代は変わった。覚悟を決めろ。できなければ、死ね」


 何がこの老人を、ここまで鋭く突き動かすのか。銃を動かす剣呑な瞳は、老人は本気だと悟るしかない。震えながら武器を手に取り、元は人間だった化け物に若者たちは近寄った。

 罠にかかった怪物は、苦しみながらも恐怖が無い。人らしい感情を無くした化け物と察して……若者たちは人型を、全員でリンチするかのように破壊した。

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