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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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殺害

前回のあらすじ


闇の中、何かの気配を感じて晴嵐ともう一人は目を覚ました。農場で住み込み暮らしの彼らは、畑荒らしの獣かと思い、猟友会の老人、加賀さんを呼びにいく。剣呑な空気で散弾銃を装備し、若者二人にも武器を持つ事を勧める。慎重に距離を詰めた三人組が遭遇するのは――

 いつ獣に襲われてもいいように、加賀さんショットガンを構えたまま前進。バール持ちの二人は先行し、ついに彼ら三人は『ソレ』と対峙した。

 地面に倒れた農場の主、豊橋老人の上から――人型の何かが組み付き、食らいついている。ぎょっと目を向く若者二人と、化け物の血化粧が目を合わせる――


「ひっ……!?」


 小さな悲鳴と叫び声。握ったバールを振る事も忘れ、非現実めいた光景に凍り付く。食事を邪魔されたソレは不愉快そうな金切声を上げ、若者一人に跳躍した。

 あまりに人間離れした跳躍。呆然と立ち尽くす若者。だがもう一人、晴嵐は反射的にバールを構えて振りかぶっていた。


「う、うぉおっ!?」


 農作業は力仕事。体力と腕力は十分。横に振った工具がわき腹を捉え、グギリと硬質な何かを破壊した手ごたえがある。逸れて吹き飛ぶ人型。まだ現実を受け止められない若者。反射的にとは言え、人の骨を折ったかもしれない……と後から後悔が浮かぶ晴嵐。だが奴らは怒りの矛先を外さず、再び駆け抜けて襲い掛かって来た。


「は――!?」

「嘘だろ!? 骨を折った筈……!?」


 まだ素人だが、嫌な手ごたえは感じていた。ヒビぐらいは入れたであろうと確信があった。なのにソイツは止まらない。牙を剥く化け物に、バールを横にして受けようとしたが、晴嵐は危うく押し倒されそうになった。

 腕力が尋常ではない。体格は相手の方が小さい。白髪交じりのナイスミドルを、捕食者の形相に変えてソレは晴嵐に唾を飛ばす。慌てて同僚がバールを握りしめ、胴の中心を真っ直ぐ突いた。

 多少距離が空くだけで、状況が変わらない。怖ろしい形相の人型は、辛うじて元は人間と分かる。しかしなんだ? この変わりようは? 危険な薬でもキメたのか? 判断のつかない若者二人に、老人の「伏せろ!」の声は明瞭に響いた。

 反射で屈みこむのと、甲高い破裂音は同時。老人の散弾銃が火を噴き、胸の中心に細かな穴をあけて『化け物』は砕け散る。鮮血をまき散らして絶命する人型に、若者は我に返ったようで、まだ現実を受け止められない。


「か、加賀さん……!?」

「に、に、人間が……つ、つーか、人間を、銃、銃で……」

「ふざけるな。何にせよあれは……あれはまともじゃない。殺気しか無かったじゃろうが! 現にそこの死体を見ろ。豊橋は……」

「と、豊橋……? あっ!? と、豊橋さん!? そ、そんな……」


 豊橋と呼ばれた人影は動かない。発狂した人間に覆いかぶさられ、首筋にはくっきりと二つ、牙で開けられた噛み後がある。血は既にピタリと止まり、呼吸も鼓動も止まっている。若者二人が近寄っていくと、何故か激しく痙攣を始めた。


「「「……!?」」」


 危険を感じ、散弾銃を加賀老人は構えなおす。若者二人も恐怖に怯え、瞳は離せない。死体だった筈の豊橋がゆらりと立ち上がると、先ほど襲い掛かった輩のような叫び声を上げた。


「な、な……!? と、豊橋……さん!?」


 答えは血走った瞳と、急激に伸びて発達した犬歯だ。咆哮を上げたソイツに対し、加賀老人もすぐには発砲できなかった。慌てて晴嵐はバールを握りしめ、至近距離で受けつつ必死に声を掛ける。


「と、豊橋さん!? しっかりしてください! なんで……!?」


 豊橋農園の主、老人農家の豊橋さんは見る影もない。程々の愛想、程々の厳しさで、この農場を切り盛りしてきた豊橋さんの変わり様に頭が追い付かない。が、もう一人の若者は、荒く息を吐いてバールを振りつけていた。必死に叫び声をあげて、悲鳴と泣き言を喚き散らしながら吠えた。


「最悪だ……最悪だ! こんなの……安物ホラー映画じゃねぇか!」

「何言ってるんだ!?」

「ゾンビ物映画だよ。分かるだろ!? 噛まれたらお終いなんだ! 化け物になって……」

「そんなの、信じられる訳が……」


 口ごもる中、豊橋老人が立ち上がる。腰を曲げて、のんびり土を耕していた老人の姿ではない。変わり果てた老人仲間に、加賀老人も震え声を上げつつ、銃を構える。


「クソっ……豊橋。許せ」


 一瞬こそ躊躇したが、未練を断ち切り引金を絞る。一撃で農場の主だった物も吹き飛ばし、絶句する若者二人は、ショックのあまり立ち尽くす。


「……ちっ。おい、お主ら。しっかりしろ」

「な、な、無理ですよ!? なんでそんな冷静なんですか!?」

「……冷静に見えるのか?」

「あ……す、すいません」


 まだ断言しきれない所も多いが、その中で加賀老人は『人型を撃ってしまった』のだ。それも一人は、知った顔の人間を……

 緊急避難と、この場の二人は納得するが……今後どうすればいいのだろうか。一番途方に暮れる立場なのは加賀老人。同情めいた目線に「けっ」と悪態をついて指示を飛ばす。


「ゾンビかどうかは知らんが、人間でない事は認めるよ。増殖しているのも間違いない。――周りの空気が違う。この化け物がまだいるかもしれん。大型の獣用の罠を仕掛ける。付き合え」


 最初こそ強く戸惑っていたが、どこか遠くで爆発の音が聞こえる。散弾で死んだ二対の死体と血の臭い、僅かに揺れつつも険しい加賀老人の瞳に背中を押され、おとなしく若者二人は従う。

 この老人の行動が――農場全体で住み込み暮らしの全員を救ったと知るのは、一週間の月日が流れた後だった。

用語解説


豊橋さん

農場の主の老人。化け物の襲われて死亡し、復活して襲い掛かった。しかし加賀老人の散弾銃で撃ちぬかれ、完全に絶命する事になる。

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