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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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畑荒らし?

前回のあらすじ


ソレと人類の遭遇初夜。辛うじて生きていた警察組織が対応に回ろうとする。が、情報伝達もなくなった現状では、いたずらに警察官も化け物に襲われ仲間入りしていく……

「ん……なんだ? 妙にうるさいな……」


 夜深く、晴嵐は目を覚ました。覚醒は騒がしさから何となく、としか言いようがない。今彼が暮らしているのは、オンボロ納屋の一室だ。

 彼は以前の宣言通り、農家に勤める事に決めていた。住み込みで労働に従事すれば、移動コストなどの諸々を省ける。歩いて三十分ほどで近郊にも向かえる立地は、発展に取り残されたかのような、のどかな風勢を維持していた。

 近場には畑と、すぐそばに裏山が広がっている。この環境は、第三者目線なら心が安らぐ風景なのかもしれないが――このシチュエーションであれば、農家にとって『敵』の襲来を意味していた。同じように気配で目を覚ました同僚が、目を擦ってぼやく。


「あー……まーた子連れのイノシシか? それとも狸?」

「分からない。ともかく加賀さんを起こそう」


 加賀さん、と言う名前を聞いた途端、若者の一人が嫌そうな顔をした。同意を求めるようなため息に、晴嵐は渋く笑った。


「あのジイさん。なんか近寄りがたい空気があるんだよな……こう、上手く言えねぇけど」

「分かる。ただの猟師じゃなくて……銃握ってる時の目がガチで怖ぇ。世捨て人ってレベルじゃない。なんかの修羅場でも潜ったのか?」

「銃握る修羅場ってなんだよ。戦争の世代じゃないだろ」

「確か七十とか言ってなかったか?」

「じゃあ違う。世界大戦に被ってたとしても、兵役の年じゃない」


 そう口にしつつ、しかし不穏な感触はぬぐえない。嫌々向かう彼らだが、気を取り直そうとその後の事を口にした。


「仕留めて貰った後は、ごちそうが待ってるし我慢するか……イノシシ肉はクソ旨ぇし。加賀さんは解体も完璧だし」

「うんうん」


 農場も最近は、猟友会の人を招き、住み込みで一人か二人駐留するようになった。何かと物騒な崩壊後の現代では、銃器の保持者は強い抑止力になる。今日の担当は加賀さん。寡黙気味の老人だが、腕は確かだ。撃ち殺した獣はすぐに捌いてくれるし、何かと助かる。夜分に悪いと思っていた二人だが……彼らが寝室に訪れた時は、加賀さんは目を覚まし、愛用の散弾銃を手に取っていた。

 日頃から近寄りがたい空気を纏い、口を開くと強めの言葉と嫌味が飛び出す――典型的な『クソジジイ』は、この日は目つきを極度に険しくしている。12ゲージ弾を取り出しては、一発ずつ装填し鋭く息を吐いていた。二人の来訪者に気が付きつつも、目つきは銃から離さない。


「――起きたのはお主らだけか?」


 低い低い、老骨の声。じわりと滲み出る気迫は真に迫り、二人の若者から軽口を奪う。少し逃げたい気持ちもあるが、二人は曖昧に老人に答えた。


「え? うーん……どうでしょう?」

「加賀さん? なんか、様子が……普段よりこう、おっかない」

「――……そりゃそうじゃろ。気配で目を覚ましたんじゃないか?」

「えぇ、まぁ……畑荒らしですよね?」

「……ただの畑荒らしとは違う。生ぬるい、血の気配がする」

「え……ま、まさか熊!?」

「わからん……野犬かもしれん。何にせよ肉食に違いない。わしも一人では危うい。ついてこい」

「え、えぇー……?」

「嫌な顔をするな。それと、お主らもなんでもいい、身を守る物と武器を持っておけ。銃は小回りが利かん。いざとなったら、自分の身は自分で守れよ」

「は、はい……」


 淡々と考察を述べながら、銃の点検を進めていく加賀さん。本気に違いないと感じた二人は、近くの倉庫に置かれていた、手ごろな長さのバールを握りしめた。心もとないが、素手で立ち向かうよりマシだろう。三人で畑を見に行こうとする途中、加賀さんは険しいつり目で「静かにしろ」と叱責した。


「素人め。足音ぐらい誤魔化せ」

「んな事急に言われたって……」

「ちったぁ意識しろと言っておる」

「わ、わかりました……」


 闇は深く、街灯のない畑の様子は伺えない。どこに何がいるのか、全く視認できない。外を歩いていた加賀さんは、暗闇を意に介さず足を運ぶ。「老い」を感じさせるのに、その挙動は山猫のようにしなやかだ。後ろからついていく若者二人も、加賀さんの挙動にぎこちなくついていく。やがてぴたりと加賀さんが止まり、じっと顔を上げて二人を制した。


「――……いる。なんじゃこの気配は……?」

「どうしました?」

「獣? いや気の触れた人間……? くそ。お主ら、絶対に離れるな。それと……相手が人間だとしても、ためらうなよ」

「え? え?」

「これを聞けなければ、最悪死ぬぞ」

「う……は、はい……」


 農場の闇の中、散弾銃を構えた加賀さんは怖ろしい。しかしそれ以上に加賀さんの目線の先に恐怖を覚え、従うしかない二人。握ったバールの冷たさが、指先までしみ込んでくる。が、その緊張は加賀さんも同じのようで、ショットガンを持つ手が震えている。尋常ならぬ空気の中で、風向きが変わるとギョッとした。

 血の臭いだ。生ぬるい風に乗った、血の臭い。背を泡立たせ、緊張は増し、三人の鼓動は早くなる。脇の下はじっとりと湿り、肌は寒いのか熱いのかも分からない。得体のしれない空気の中、加賀さんはショットガンを動かし「いる」と示した。


「構えろ。そこの曲がり角にいる。お主らが先に様子を見ろ」

「なんで……加賀さんは銃があるでしょ?」

「コイツは殺傷力があり過ぎる。人間相手じゃ加減が効かん。相手に理性があるなら、馬鹿の頭に突き付けてやるよ。獣なら即ブチ殺してやる」


 冗談と思いたいが、加賀さんの目は真剣だ。嫌々ながら晴嵐ともう一人は、バールを持って曲がり角の先へ。

 滴る音。倒れた人影。ゆっくりと振り返るのは――血に濡れた、怪物だった。

用語解説


加賀老人

猟友会に属する老人。近寄りがたい、物騒な気配を常に出している寡黙な老人。ショットガンを扱え、畑を荒らす獣を撃ち殺し、泥棒強盗への抑止力にもなっていた。

仕留めた獣を解体し、食肉に加工する手際も見事なので、付き合いは悪いが、頼りになる人間。

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