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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第一章 異世界編

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宿屋のロボット

前回のあらすじ


 無事に帰還した晴嵐とテティ。村の兵士たちが出迎える中、シエラが晴嵐に、仕事の内容を確かめる。目標達成と情報を伝達し、シエラは彼に報酬を手渡す。疲弊を感じた彼は、柵に寄りかかり軽い休息をとる。

 じっとその場から動かず、意識だけを半分落とす。

 視覚情報を遮断し、脳の処理負荷を軽減させる。これだけでも疲労は抑えられ、ある程度活動時間を伸ばせるのだ。

 最も、これは延命処置でしかない。いずれまとまった休憩を取らねば、心身のパフォーマンスは低下し、最終的には取り返しがつかなくなる。根を上げるにはまだ早いが、晴嵐の肉体は深い睡眠を要求していた。

 何も考えずに、瞼の裏を眺める彼へ――何者かが寄る気配を感じた。仮休息を切り上げ、鋭く細い両目を開く。

 村の兵士たちでごった返す中、一人の少女が駆け寄ってきていた。


「シエラ兵士長から聞いたわ。宿を探しているんですって?」

「うむ」


 軍団長に報告を終えたテティが、開口一番に要件に入る。彼の事情を知るテティは、細かなやりとりを飛ばし率直に薦めた。


「それなら、母様の勤め先はどう? 私はこれから、無事を伝えに行くつもりだけど……一緒に来る?」

「ありがたい」


 自然なやりとりでテティが前を歩き、まだ世界に不慣れな晴嵐を先導する。町並みを見る余裕はなく、乳酸の溜まった筋肉が悲鳴を上げた。

 気合を入れ直し、強い意思で肉体を前進させる。程なくして少女は、三階建ての大きな木製の店前に晴嵐を導いた。

 看板に書かれた名は『黄昏亭』

 でかでかと看板に書かれた漢字に、あからさまに浮いた感触を受けてしまう。


(なーんで洋風の建物に、堂々と漢字が使われとるんじゃ……)


 搾りかす程度に残った気力が、胸の内のツッコミで浪費される。これが現代日本なら納得いくのだが、どう見ても中世ヨーロッパの雰囲気中で漢字表記は、ちぐはぐと思えてならない。

 固まる彼を置いてけぼりに、少女は入口に手をかける。かららんと金属の呼び鈴が耳に届くと、晴嵐の目線は店の中に映った。

 床材や壁は木材のタイル調。ガラスに覆われた光源は、中心に光る石ころがセットされている。ランタンを模した明かりに、室内には食材の香りが漂う。

 酒場も兼ねているようで、カウンターや丸いテーブル席もある。汚れも少なく、心地よい生活感があり、自然と肩の力を抜ける……温かく人をもてなす空気があった。

 ……良い店だと思う。観察眼を巡らせ、ゆっくりと歩く彼を置いて少女が駆ける。


「母様!」


 室内に高い娘の声が響き渡る。少女が飛びついたのは、従業員の一人だ。彼女と同じ金髪と、アイスブルーの両目が見開かれている。


「あぁ、テティ……よく帰って来たねぇ……」

「心配をおかけしました。母様、ちょっとやつれてますよ?」

「誰のせいだい……もう、本当に……」


 涙ぐむ女性従業員は、テティの『今の』母親だろう。感情的な二人のやりとりは、間違いなく親子の物だ。背格好もそっくりで、違うのは白の割烹着姿と、ずっと大人びた身体つきぐらいか。


「ターニーさん……良かったなぁ。娘さん無事に帰って来て」

「確率的に極めて低い出来事です。これでターニーの業務能率も戻るでしょう」


 カウンターから髭面の男と、金属質の知性体がしみじみと言う。一瞬ぎょっとしたが、心拍を抑えて観察に入った。

 角のある金属の躰は、直立二足歩行の姿勢を保っている。白の塗装のボディに、直角の青い線が血管のように四肢に広がっている。頭部は西洋甲冑を彷彿とさせる造形に、二つの青い光点が目玉のように光っていた。今は棒状に発光し、まるで人が目を細めているかのよう。

 見たところ、ロボットめいた存在も従業員か。知り合い同士で会話を終えるまで、部外者の彼は大人しく待つ。ひとしきり母の腕に抱かれたテティは、首だけ亭主に方向を変えた。


「マスターも、母様が迷惑をかけませんでしたか?」

「ははは! 相変わらずどっちが母親なんだか……けれどテティ嬢、自分の娘がオークに攫われて、親は冷静ではいられんさね」

「マスター……子のいない我々が口を出しても、説得力はありません」

「今のは一般論だろうに……あぁ悪い、いらっしゃい。黄昏亭へようこそ」


 接客業を営む彼らは、晴嵐の事も無視せず声をかける。視野の広さに感心し、彼はゆっくりと亭主の前に足を運んだ。テティの方へ視線を送ると、興奮を引っ込め彼を紹介する。


「マスター。お世話になった猟師のセイランです。長期滞在できる宿を探しているそうで」

「うむ……部屋は空いておるか?」

「少々お待ちを。テレジア、演算頼めるか」


 亭主が隣の、ロボットめいた存在に聞く。テレジアと呼称されたソレは、金属で出来た顔を宙に泳がせた。

 一瞬目元にいくつか数字が浮かぶ。やっぱり機械めいているが、違いとして自我がありそうに思える。少なくとも周りの態度は、人形や機械へ向ける情緒に思えない。


「計算中……三か月先まで問題ありません。そこから先は読み切れませんね」

「オーケーオーケ。んじゃそれまでの料金表は……っと」


 奥の方まで引っ込み、料金表を探す亭主。

 時間のかかる気配を感じ、ロボットめいた存在が「申し訳ありません」と頭を下げた。

 あっけにとられ、気の抜けた声で返す晴嵐。現状を切り抜けるには、早速テティの力を借りたい。一度店とのやりとりを切り上げ、再会を喜ぶ親子と会話を試みた。

用語解説


ターニー・アルキエラ

『この世界の』テティの母親。飛びついて再会を喜んでいる辺り、二人の仲は良好なようだ。


『黄昏亭』

 ターニーが務め、晴嵐が訪れた酒場兼宿屋。洋風な外見に、でかでかと日本語の看板が建てられている。


テレジア

 直立二足歩行の、白い塗装に青い線が四肢に広がる、ロボットめいた何か。西洋甲冑のような造形なのだが、明確な自我を持っているように扱われている。

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