移民計画・実行前夜 3
前回のあらすじ
もう一人のヴァンパイア、和装姿の女剣士は第一陣に参加するらしい。歌姫を守る為だと主張し、他にも訳の分からない事柄を口走る。
そしていよいよ、異世界移民計画は実行に移される。協力者の青年……実の名を呼んで、第一陣と第二陣は別たれた。
怪しげな儀式と魔法陣の中心、そこに集まった若い人々……異世界移民計画・第一陣は光に包まれた後に、人影は全員消滅していた。
出血などの、危険を想像させる兆候は存在しない。まだ計画を胡散臭いと感じていた第二陣……つまり政府役員、大人たちはようやく、少しだけ信じる気持ちも芽生えた。
「ふーっ……どうやら第一陣は、転移に成功したようです。これでようやく、皆様も少しは信じて頂けたかと思います」
周りに説得力を持たせるように、第二陣に残ったヴァンパイアが宣言する。かくいう彼も半信半疑だったが、これで女神ベルフェが異世界転移に対して、本気で取り組んでいる事を確認できた。
ここから先の流れを、政府の面々にヴァンパイアが説明する。
「この後、異世界で数か月から一年近く活動した『第一陣』の所に、数時間後の我々が合流します。……今、おかしな事と思ったでしょう? 私も最初はそう思いました。どうも女神の説明によれば、向こうとこちらでは、時間の流れが異なるようです。別の世界故に、時間関係に歪みがある。女神がある程度調整しているようですが、それでも影響は避けられない」
意味を理解しかねたのか、役員の一人が詳細を訊ねる。少し考える素振りの後、ヴァンパイアが適切なたとえを見つけた。
「この国の昔話……浦島太郎を想像していただけると、分かりやすいと思います。竜宮城の数か月が、地上での三百年に換算されている話です。あれと同じ現象が、この世界と移転先の世界で起こっています。なんでも『こちらでの数時間が、向こうでの数か月』と換算されているようで。
つまり、我々が数時間ここで待機していれば、異世界では数か月から一年の時間が経過する事になります。それだけの期間があれば、若い彼らでも拠点作成をこなせる。強力な異能力……チートスキルとやらも保持していますし、全滅している可能性は無い。そして我々が追従して異世界へ移動し、その後はあなた方が、向こうで統治を進めればいい」
ヴァンパイアがそう言うと、政治家たちは陰湿な笑みを覗かせた。これで安泰とでも思っているのだろうか? 政治の臭気に鼻をつまみそうになるが、どうにかヴァンパイアの男は胸の内に留めた。
胡散臭いと思いながらも、現実を打破したいから本プロジェクトに参加した……と、表向き説明した第二陣。しかし本音は違う。上記の説明も嘘ではないが、その黒い腹の内は隠したままだ。
彼らは大人……と言うより、老人が多い。だから異世界云々の話は、すぐには食いつかなかった。謀術渦巻く政界の中で『異世界移民計画』なんぞ、馬鹿馬鹿しい妄想話。ほっとけと無視の風潮があった。
が、現状はエネルギーが不足し、物資が不足し、食料も不足している。騙し騙し国家を運営しつつ、自分たちの益を確保していた者にとって、革命めいた民衆の暴動は、何よりも恐れる事だろう。彼らの本音の一つは……『蓄積した財を毟り取られる前に、とっとと別の世界に逃げてしまおう』だ。
――責任感のある人間なんていない。自分の垂れ流したクソをそのまま放置して、適当に誰かに処理してもらいたい。動物的で野蛮とも思えるが……
人間はそもそも動物である。
人間はそもそも生き物である。
ならば身勝手に、利己的に、残虐に……生命の持つ欲求に従って生きる事に、何の不思議があるだろうか? むしろ人の良識や善意の方が、生物として不純物ではなかろうか? だから彼ら第二陣には、もう一つの計算がある事をヴァンパイアは見抜いていた。
“もし異世界移民計画が完遂されれば、自分たちは新たな時代の支配者になれる――”
幾度となく繰り返される風景。代替わりに見せた変わらない歴史。
古き秩序が壊れたとしても、構成員すべてが全滅する訳じゃない。生き残った政府中枢の人員は、新しい政府でより深く根を張り、権勢をふるう事も珍しくない。
ここにいる日本政府役員は、確かに日本においてのヒエラルキーの上位にいた。しかし世界単位で見れば、決して日本は最上位ではない。大国に挟まれた極東の島国。技術力や国民性は良しとしても……米国に押さえつけられ、国連の圧迫を受けていたのは周知の事実。すなわち日本は、世界のヒエラルキーの最上位ではないのだ。
しかし『核戦争による大国の崩壊』は、確かに危機を招きはした。が、同時に古い国家同士の力量関係を破壊した。空いた権力の頂点に座りたいと願うのは、浅ましくも愚かしくも、人の業として自然であろう。
その手段として“異世界移民計画”を使えると判断した。だから彼らはこの計画に乗っかった。例えば、異世界への移民を整える代わりに、暴利めいた取引を交わす。事前に政治体系を確立してしまえば、政治家は今まで通りの立場を……いや、全地球人が移動するとなれば、文字通り新秩序の支配者として君臨も可能だろう。
(腹黒いなぁ……まぁ、途中から協力もしてくれたし、無下にもできないけど……はぁーっ……)
破滅に心を痛めなかった訳じゃない。しかし胸の奥にあるのは、綺麗事のみでは終わらない。沈痛な面持ちの裏では、好機と計算を巡らせている……人道的に悪だろうが、絶望に足を取られて立ち止まるより、悪意と欲を持った人間の方が『強い』のだ。
(上手く行くかな……はぁ、胃が痛い)
呼び出し待ちの中、ヴァンパイアの男は深くため息を吐く。
数時間後……すなわち『向こう』で一年近く経過してから、移民計画・第二陣は地球を後にした。




