移民計画・実行前夜 1
前回のあらすじ
世界の崩壊から十年後、衰退が進む地球文明。追い込まれる日本政府、そこに届くキテレツな計画。すぐには『異世界移民計画』には飛びつかないが、それも時間の問題。女神についても不安はあるが、このまま世界の終幕を見ていられないと計画を進める……
最終的に“異世界移民計画”に、政府人員も賛同する事になった。
物資不足は致命的に深刻化。蓄積する国民の不満に、政府も恐怖を覚え始めていた。国の維持と発展を担う役割を果たすから、政治家の高給取りに多少は納得するのである。勿論、全く議論しなかった訳じゃないが……苦しくなっていく生活に人民が不満をため込むのも、自然な流れと言えた。
その解決手段に『異世界への移民』の話が流れ来んだ。最初こそあまりに荒唐無稽に思えたが……『別世界』と言う単語を『新天地』と置き換えれば、そこまでおかしな話でもない……と、飢えた人々は判断したらしい。
草食動物の群れが、草を食いつくした土地を離れるように……不利な環境、資源を使い果たした地から、食料を求めて旅をする事自体は、自然界でも行われていた事。その行き先や手段が『胡散臭い事』が最大の懸念だが、アプローチ自体は言うほど不自然ではない……と思い込もうとしていた。
なんだっていい、このクソッタレな現状を、未来に希望も夢も見る事が出来ない世界から、古いしがらみと汚染のない新天地に移動できるなら、理屈などどうだって良い。まずは自分が生き残る事と、上等だった頭で計算を巡らせた。
そう、まだ完全に理性が死んでいなかった役員は、この『計画』に警戒心を残していた。だから、最初に『異世界転移』する事にしり込みした。
せめて、自分たちより先に転移を実行する者……モルモットや実験する人員が欲しい。ダメ元でとんでも話の噂を流し、食いついた者を名ばかりの第一陣として送り込む。全く集まらないと予想していた大人に反し、すぐに五十名ほどが集まった。
まだ余裕があった時代。異世界転移・転生系の作品に親しんだ年代。場当たり的にこの地球からの逃避を願う者などが集まり、異世界移民計画の栄えある第一陣が集合する。
思い思いの異能力を獲得し、夢見た小説の世界に飛び込めると信じて。
その背中から眺める目線の冷たさを感じながら。いつか背にいる者達に……『ざまぁ』な思いを味合わせてやる。そんな暗い情念を抱いているとも、第二陣は気が付かなかった。
――この最後の、致命的な判断ミスが
『二つの世界』の命運を、大きく別つとも知らずに。
***
「遂にここまで来たか……いよいよだね」
西洋の男は、協力者の青年に感慨深く声を掛けた。
彼らがいるのは狭い山小屋。怪しい吊り下げランプと、これまた怪しげな爬虫類の干物がテーブルにいくつも。壁にはお札、床に魔法陣と、誰がどう見てもカルト儀式にしか見えない。
まだ救いがあるのは、集まった約百名の人間の着衣は、所謂儀式や祭典に臨むような、胡散臭い恰好とは程遠い事だろう。こんな時世にも関わらず、シミのないスーツを来た一団は第二陣の政府役員と、洗濯も毎日できない、ややボロの洋服を着こんでいる第一陣。比較的若い集団に属す青年に、西洋貴族のヴァンパイアが直接思念で青年に話しかけて来た。
“……今からでも遅くない。君は第二陣に行くべきじゃないか? 本音を言えば、あの歌手の……ユウナギさんだっけ? と剣鬼も第二陣にいて欲しいのだけど”
ヴァンパイアの魔術……直接思念を相手の脳内に送る術らしい。念話やテレパシー能力に近いソレは、青年には使えない。が、青年とヴァンパイアは対応法を決めていた。青年は伝えたいことを強く意識し、頭に浮かべる。ヴァンパイアの貴族は彼の表層を読み取り、その意思を感じ取った。
“計画の立案者である自分たちが、一つのグループに固まるとまずい……”
自分たち立案者が固まると、良からぬ噂が立ちかねない。例えば第二陣に固まれば「第一陣を実験台にしている」と言われ、第一陣に固まれば「先んじて利益を独占しようとしているのではないか」とゴネてくるかもしれない。人々の不安を抑えるには、自分たちが別々に転移した方がいい。
そして、ヴァンパイアは女神への不信感が強く、青年は「なろう系」に親しんだ世代だ。順番もこれがベストだと、青年の考えを読み解き理解を示した。
青年の思いを汲んだ上で、ヴァンパイアがそっと手を差し出す。改まった握手が気恥ずかしく、おずおずと青年も右手を伸ばす。
重なる手の中心で、小さく固い物体の感触があった。表情を変える前に、ヴァンパイアの思念が届いた。
“僕と君で、連絡を取り合う為の魔道具だ。さしずめ僕ら用の『ホットライン』だよ。使い方は……念じて使える携帯電話みたいなものさ”
「このプロジェクトが上手く行けば、君は世界の英雄だ。この世界の、みんなにとってのね」
ヴァンパイアは当たり障りのない言葉を送り、密かに赤色の小さな石ころを青年に送る。青年は誰にも見られぬよう用心して、握った手のひらの石を隠し持った。
しかしその時、背後から声がした。
「聞こえているぞ、ダスク」
軽い口の利き方は、人間であれば許されないだろう。が、ダスクと呼ばれたヴァンパイアは軽い嘆息と共に振り返るだけだ。
一瞬ひやりとした二人だが、現れた人物に胸を撫でおろす。恐らく思念での会話を聞いてしまったのだろう。彼女なら確かに、聞く事が出来る。
桜色の髪に、黒を基調とした和服。腰には長い日本刀を差し、僅かに覗いた牙は「ヴァンパイア」の証だ。
彼女の名はキュア・クロイツ。
後にユニゾティアにて――五英傑『無限鬼』と称される、剣鬼である。
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