朽ちかけた世界の片隅で
前回のあらすじ
核の報復戦から、三年の月日が経過した。各国の状況は悪化。民衆は鈍いままで惑うばかり。徐々に迫る破滅の足音。その中で人々はどう生きるのか……
色褪せた住宅街、塗装屋のいない建造物は、時間と共に風化が進んでいく。付着したままの汚れが年月を感じさせ、人の手の入らない街は徐々に朽ちていくだろう。開発の終わり、商業的価値を失ったニュータウンもまた、時の摩耗に晒されていた。
もはや塗装や外見について、気にする余裕は薄い。衛生概念が消えた訳じゃないが、物資の不足により優先度が落ちてしまったのだ。
では何を優先するか? 言うまでもない。食料である。日本だけの問題ではない。生存した世界各国において、食料難に陥っていたのだ。
ロシア、中国、アメリカ……核保有国の大国は、広大な土地を保有し食料生産を担っている。特に日本で深刻になったのは「小麦」だ。元々日本は農地生産を米に用いる事が多い。小麦の自給率は低く、その大半を輸入に頼っていたのだ。
それだけじゃない。化石燃料の供給停止も食料生産に大打撃を与えた。
農地を耕すのも、収穫を担うのも、温室栽培にも化石燃料は大量に用いる。重機による耕うんと輸送を当たり前にした農業は、化石燃料を失った事で大きく生産効率が悪化した。そのためやむを得ず……近場の海底油田の開発を、どうにか再開させる必要に駆られた。領土問題でモメた海域に眠る油田だが、この開発もギリギリの所で間に合ったのは幸いか。
ただ、その際かなり国民に負担を強いたのも事実。燃料は確保できたものの、小麦の生産は間に合わない。化学肥料も不足が厳しく、日本国はかなりの困難に直面し……生活苦から不満の声も大きい。
その中で――たくましく生きる若者たちも、存在していた。
***
「お! よく来た晴嵐! んじゃバーベキューと行こうぜ!」
日本の片隅、朽ちかけたニュータウンの一軒家の庭に、複数の人影が直立していた。皆食欲に押されているものの、身も心も飢えている様子は見られず、余裕のある人間特有の穏やかさが表情にある。晴嵐もこの家も、元同級生の家族も、すっかりお互いに顔なじみだ。
その中に晴嵐は、知らない二人の姿を見る。時世が時世なので、彼は警戒を隠さずに元同級生に質問した。
「……この人誰? 信用できるのか?」
「あー……ま、まぁケチケチすんなよ! 今日は鶏肉もあるんだぜ!」
「マジ? 一体どこから仕入れたんだ?」
「へへ、この人が持ってきてくれたんだ。俺の遠い親戚の、奥川さん」
「は、初めまして! 確か、晴嵐さんですよね? 三島君から話は聞いています! 燻製器、ボクも使わせてもらっています!」
「あ、あぁ……それは、良かった」
背の低い若者は、晴嵐や三島より遥かに若い。下手をすれば少年で通ってしまう姿の彼は、この退廃の気配の進む日本においては輝かしい。しかし晴嵐が言い淀んだのは、その隣に立つアジア系の外国人に「ぞっ」とした。
(な、なんだコイツ!?)
晴嵐は「まだ」素人だ。どこにでもいる一人の人間だ。今は農業に従事する、ただ一人の普通に収まる人間だ。土を耕し、自然との対話を欠かさず、植物のわがままを聞き、害虫と死闘を繰り広げる……ただそれだけの、一般人だった。
しかし――その一般人の感覚でさえ、アジア系の人物の気配は「異質」だった。
微笑を浮かべる事もなく、愛想も一つも見られない。晴嵐に対しても挨拶は返さず、表情はまるで苦行僧だ。心の底にある感情……否、感情ではない。深く蓄積した虚無と絶望が、その体を通して滲み出ている。
改めて観察すれば、晴嵐も気が付いただろう。三島と家族の面々も、その人物の異質さに怯えを見せている。唯一奥川と名乗った少年だけが、気兼ねなく異質者と接していた。
「この人は宇谷さん。海外の人なんだけど……故郷が滅んじゃって」
「「「「……」」」」
「だから、ボクと一緒に生活しているんです。ボクの家は養鶏場やってて、土地も家も余裕があるんで。あ! それで鶏も用意出来ました!!」
「そ、そうか……よ、よろしく」
「……………………よろしく」
海外の人間……核戦争で滅びてしまった国の住人の姿に、同情の目線を向けた。故郷が灰に飲まれ朽ちて、心が死んでしまう事は想像できる。しかしそれを考慮しても、この宇谷と言う人間の「退廃」の気配は度を越している。沈黙に耐えられず、三島の両親が野外で調理に入った。
晴嵐が持ち込んだ野菜を切り分け、バーベキューコンロに火をつける。いくつかの食料を下処理していく中、生の鶏を見て手が止まっていた。
鮮度を保つため、シメたのは少し前。羽をむしり、血抜きを終えたが、捌き方が分からない。手の止まってしまった二人に対して、すっと宇谷が鳥に手を伸ばした。
しっかりと握った刃物で、無表情のまま鶏肉を解体していく。包丁の扱いも慣れたもので、余分な力が全くない。不気味な男だが、作業の速さは目を見張るものがある。奥川少年は自慢するようにニンマリ笑った。
「彼、すごいでしょ? 実は軽く教えただけなんだけど……ボクの両親よりサバくの全然早いんだよねー! ありがとう遊坂! 助かったよ!」
「いえ……俺の事は好きに使ってください。ボス」
「ごめんね? ちょっと独特な人なんだ」
「「「「……」」」」
独特を通り越して、変と言うか異常者と言うか。正直お近づきになりたくない空気を自然と散布している。しかし一瞬だけ「ボス」と呼ぶ声は、微かな人間味が含まれていた。淡々と作業をこなす中で、バーベキューコンロから良い香りが立ち上る。不信感は煙に巻かれ、焼き上がりを待つ面々がゴクリと喉を鳴らした。
――彼らはまだ知らない。
後に世界を救おうと、最後まで抗い続けた者と
抗う者を、滅びに誘導してしまった者。
最後まで「ボス」に忠義を尽くし、組織にケジメをつける者と
すべての滅びを見届け、後に「終末から来た男」となる者が――一同にこの場に介していたなど、誰も知る由が無かった。




