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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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将来への不安

前回のあらすじ


世界の崩壊に晒されても、日本人の心は歪まなかった。想像より致命的ではない、危篤状態だが持ち直せる世界で、晴嵐と学生は庭に燻製器を作り上げていた。作業を終えた所で、二人は休憩に入っていた。

 一軒家とはいえ、量産された住宅の群れは味気ない。庭付きの一階建てはそれなりに広いが、隣の家とは塀一枚。燻製器から漏れる煙が、洗濯物や隣に流れないかが不安だったが……きっちりと閉ざされた自家製燻製器は、最小限の煙を吐き出してくれていた。試運転は順調そうだと、青年二人は麦茶の入ったカップを鳴らした。


「やったな! 成功だ」

「後は上手い事、肉が燻製になってくれているといいが……」


 閉じた燻製器の内部で、試しに仕込んだササミ肉を幻視する。最下段で火をつけたウットチップが、じっくりと香りと風味を付与し、食材からは水分を抜いていく。燻す時間をかければかける程、より保存に適した状態になるが……今回はお試しなので、高温の煙で一、二時間を予定している。


「へへへ……やっぱ、形になると気分がいいぜ」

「あぁ。作った甲斐があった」

「これで旨いのが出来りゃあ完璧だ。試食会が楽しみだけど……マズかったらどうしよ」

「今回は失敗したとしても、次に生かせばいい。道具は完成してるし、回数をこなせばコツも掴めるだろう」


 冷たい麦茶が喉を潤す。学生二人の日曜大工、誰に依頼された訳でもない一仕事。けれど完成し駆動する器具を眺めると、胸に確かな達成感がこみ上げる。善意で提供された菓子をつまむと、その味わいが妙に染みた。

 共同作業を終えた二人。しばらくは咀嚼の音が不快感無く響く。時々聞こえる燻製用のチップが、小さく爆ぜる音を耳にする。そよ風が肌を撫でて、二人の身体をいたわっている気がした。

 でも――沈黙が長すぎる事をお互いに意識し始めた。

 薄々は感じているのだ。本当は胸の底で分かっているのだ。こんなものを作らなければならない、用意して備える必要がある。そんな時代が、すぐそこにまで迫っている……と。

 先に口を開いたのは、晴嵐だった。


「なぁ……就職、どうする?」

「晴嵐…………この時代にソレ聞いちゃう?」

「いや、その……でも大事な事じゃん」

「そりゃそうだけど……」


 と言いつつも、この一軒家に住む学生は曖昧に笑うばかりだった。つられて晴嵐も、失笑気味の笑いが洩れる。

 将来が不安だ……と言う表現には、間違いない。けれど平和だった頃とは、その意味合いが大きく異なっている。「世界の崩壊」なんて物を、夢にも見ていなかった自分たちにとって、こんな悪い形の未来は、全く想像していなかった。だから、こんな思いが若者たちの中に蔓延していたのだ。


「でもさぁ……社会に出てどうなるよ、今の時代。その社会もいつか、完全に壊れちまうかもしれないじゃん。どんだけ頑張ろうが、全部無意味無価値になっちまうかもしれないじゃん。必死になっても……虚しくね?」

「そうかもしれない。けど逆に、何もせず他人任せにするのも怖いじゃん。それこそ社会が壊れたらどうすんの。誰かの指示待ち人間してたら……指示が飛ばなくなった瞬間、出遅れるだろ」

「う、うーん……そうなると時と場合によっちゃ、この燻製器も無駄になるのかな……」


 急に空気が悲哀に染まり、不安と息苦しさがこの場を包んだ。深く考えるほどに、底知れぬ未来が怖ろしくなる。しかし目をそらしても、いずれ現実が追いついてくる。現実を直視しても地獄、目を逸らしても地獄。どちらを選んでも痛苦が待っている中で、晴嵐は静かに首を振った。


「無駄って、どういう意味で? 世界が終わって無駄になるって意味?」

「あー……まぁ、そう、かな? ……実はさ、全部丸く収まって、この後世界がどうにかこうにか持ち直して、この燻製器は埃被るのかなぁ……とか?」

「綺麗に収まるにしたって、たまに燻製作れば無駄にはならないんじゃない?」

「そんときゃ笑い話なのかなぁ……この時代も。あ! そんときゃ二人で自家製燻製とビールで大笑いしようぜ! 青春したなぁってさ!」

「ははは……悪くないかも」

「で、晴嵐はどこに就職すんの? こういう話って言い出しっぺからじゃん?」


 調子を取り戻した学生の問いかけに、晴嵐も堂々と答える。


「地域の農協に、就職しようかと思っている。要は畑仕事」

「えー!? 似合わねぇ! てか給料も安いだろ? 重労働だし」

「輸入が途絶えて、食料不足も懸念されてるし……絶対に需要は上がるだろ。これから上がる所に就職したい。それに、出荷できない野菜とかあるだろうから、食費浮くだろうし、経験も役に立つかも」


 隠さずに胸の内を明かすと、相手の学生は顔を引きつらせていた。けれどドン引きはせずに、彼の言い分にも理解を示す。


「ゴリゴリに計算してらっしゃる……言ってる事分かるけど、虫とか汚れとか大変じゃね?」

「む、虫はまぁ……嫌かなぁって気もするけど、汚れはホラ、俺ら平気だし」

「油と土は違うんじゃ……ま、まぁなんだ。野菜余ったら分けてくれ!」

「しょうがないなぁ……で、どうすんの?」

「今の話聞いて決めた! 造園系の仕事に行く!」

「なんでまた……」

「公園で、桜の枝を剪定した奴を貰ってくる! 上手くやれば燻製のチップ変わりになりそうじゃね!?」

「上手くいくかな……」

「やってみるべ!!」


 未来では、何が起こるか分からない――これから社会人となる若者たちにとって、世界の崩壊は「社会の安定性」を、強く揺るがす大事件だ。

 だがそれでも、考える事を止めてはいけない。

 だがそれでも、生きる事を止めてはいけない。

 最初から晴嵐はそのつもりだった。これからも自分だけはそうする腹だった。

 けれどこの時……ただ流されるだけだった学生にも、僅かだが変化の兆しが見られた。ぼんやりと生きる事を止めて、自分で活動する腹を決めたようにも見える。

 案外、何とかなるのかもしれない。若いころの晴嵐は、まだ……クソッタレのクソジジイには、程遠い人格をしていた。

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