真の破滅が訪れる前
前回のあらすじ
長寿の西洋出身者が、日本人を分からないと正直に言った。災害慣れした民族の事を、理解はしきれないが、それでも世界を立て直したいと伝える。話し相手の少年も頷き、また持ちこたえている日常を存続させるべく、活動に移っていく……
信じられない事に……世界の崩壊、と言う人類史の一大事にとって、日本国の混乱は比較的軽微だった、と言えるだろう。
あるヴァンパイアが称したように、日本人の精神性は『厄災』に非常に慣れているのだ。事なかれ主義、平和ボケ、濃過ぎる村社会と……否定的な言葉で語られる事も多い。だが『周辺の世界が核戦争で滅びても、つられてパニックを引き起こさない』という気質は、常に災害に晒された事で生まれた、日本民族特有の鈍感力が発揮されたのだろう。もちろん、パニックを引き起こす馬鹿者はいる。もう終わりだよこの世界! とネットで叫ぶ馬鹿者もいる。だがしかし、喚きたてるような余力は残っている。『基本的なライフラインの停止や、秩序の致命的な崩壊は起こらなかった』のだ。
それどころか……節電を含む各種節制の要請も、非常にスムーズに伝達され、民間各種で実行に移されていった。
法的拘束力もない、政府首脳陣の「お願いします」で、目に見える程の効果が出るのも、日本人ぐらいだろう。
それなりの動機を用意し、誠意を持って上位の人物が頭を下げれば、それだけで日本人は行動に移す。同調圧力と嫌われる事も多いが、この気質もまた、災害によって養われたものなのだろう。
法的な力が無く、影響を与えられると言う事は、法的な整備や準備を無しに……政府の予算無しに効果が出るのである。これは災害に対して、コストも時間もかけずに「即応」を可能にする性質と言えるだろう。一人一人の力は微々たるものだが、緊急時において政府が、時間と手間を省ける効果は大きい。
一度目の時代のうねり……誰もが現実に起こりえないと胡坐をかいていた核による世界の崩壊。
愚かしい事だ、人間の理性ならば平気だと軽視し、現実になった悪夢の中で……それでも絶望することなく、今ある世界を、実直に継続したいと活動を続ける人々が、地球上には残っていた。
そう……まだこの段階では、人間も、地球も――そして『女神ガイア』も、誰もまだ諦めてなどいなかった。実際は立て直し困難、復旧は奇跡と呼べるような悲劇の中で……しかし可能性は残っていた。何もかもが枯れ果てた土地の中で、新しい時代を築こうとする意思があった。
あの女神が介入さえしなければ……あるいは終末は、訪れなかったのかもしれない。
***
「ふーっ……これで完成か? 晴嵐」
「……多分」
「多分て」
作業用のつなぎに着替え、一軒家の庭先で若者二人が金属と木製の箱をいじっていた。
周辺には大小さまざまな金属が転がり、ネジやボルト、釘などもいくつか散乱している。対応するスパナやドライバーも似たようなもので、かなり取っ散らかっていた。
油汚れに塗れた二人組は、組み立てた金属の塊を不安と興奮の混じった瞳で眺めていた。
「仕方ない事だろう? 燻製器なんて作ったの初めてだし……」
「そりゃなぁ……こんなもの普段から作っていたら、それはそれで怖いっての」
「だろ?」
まだ学業に励んでいる二人組。法律上は大人でも、社会に出ていない分、純粋な成人とは異なる空気を残していた。彼らの目の前にある物体も、どことなく雑な出来である。
サイズ感としては、衣装棚を思わせる……と言うより、衣装棚をそのまま転用したのだろう。衣服を吊り下げる金具はそのままに、下の方には三段ほど金網が敷かれている。底の段にだけ金属板が敷かれ、試しのウットチップをいくつか置いていた。
「これで後は金網の所や、上に食品吊り下げて燻せばOK……のはず」
「本当かよ……簡単過ぎて逆に不安だわ」
「確かに。何回かは失敗するかもなぁ……でもさ、これから必要な事だし?」
「それはそう。食品ロス無くせるし、この燻製器だってオレん家で捨てる予定の棚の、再利用品だし?」
「節制は大事」
「うんうん!」
今日は日曜、学校は休日。時折講義で隣に座る程度の仲二人は、実家暮らしの学生の家で日曜大工に励んでいた。
日本政府の要請により、これからは節制が美徳の時代がやってくる。無駄使いしないのはもちろん、リサイクルも推奨される時代が来るだろう。食品ロスなどもっての外。となれば……保存食に加工する手段は、絶対にこれから役に立つ。
誰もがその予感を感じている。が、実行する人間は少なかった。不安だと迷うばかりの中、晴嵐は知人を巻き込み「燻製器を作らないか」と提案したのである。知人の実家の廃品も使って、十分なサイズの燻製器は完成した。
「いやー……図面が書ける人間で良かったぜ! 工業系大学出身で良かったっ!!」
「そんな大げさなモンじゃないけどな。採寸して金網を調整しただけでしょ」
「でもそのスキルが無かったら、絶対もっとグダってたって! いやー晴嵐も協力あんがと! 助かったわー」
「そりゃあ、言い出しっぺだし……俺も時々使っていいか?」
「当たり前じゃん!」
内心でニヤリと笑う晴嵐。保存食の生産手段は、絶対に確保しておきたい。その内気が変わるかもしれないが、すぐに手のひらを返される事も無いだろう。仮にその気配が見えたら、自前でも小型の燻製器を作ってしまえばよいのだ。
「お! かーちゃん! 出来たぜ!」
学生の母親がひょっこり顔を出す。作業が終わるのを待っていたのだろう。冷たい麦茶と菓子を添えた、小さなお盆を置いて奥へと帰る。会釈と礼を言い、作業を終えた二人は、ちょっとした休憩を取ることにした。




