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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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日常に紛れる怪異

前回のあらすじ


公表された世界の崩壊。不安に煽られながらも、日常を続ける日本人たち。買い占め転売ヤーの炎上を眺めながら、果たしてこのままで良いのかと、若き日の晴嵐は不安を覚えていた。

 夕暮れを過ぎ、時刻は夜七時を回った。

 飲食店、スーパー、そして年中無休で駆動していたコンビニは、日本政府の要請により、夜九時までの営業を心がけるよう通知があった。

 理由は未来の電力不足を憂慮した結果だ。日本の発電事情は、火力発電が主流である。地熱、太陽光、風力、水力発電は、いかんせん発電量が足りない。化石燃料を燃焼させ、蒸気タービンを回して発電する火力のパワーに遠く及ばないのだ。

 原子力発電は……厳密には『原子力熱発電』と呼んだ方が正しい。原子力の熱エネルギーを用いて水分を沸騰させ、その蒸気によってタービンを回して発電する。福島での事故以降下火になった発電方法は、いかんせん今回も難しい状況にあった。


 原子力による発電は、発電効率は悪くない。しかし元々日本人は、被爆国の立場から……国民全体が核に対して悪印象を持っている。ましてや今回の『破滅』も、核兵器によって起きてしまった事だ。今は反対意見も多く凍結されている。が、電力状況が逼迫すれば、人々はやむを得ず手を出すかもしれない。安全圏からなら口を出せるが、生活水準を落とさねばならない……となれば、なんだかんだで人間は従うだろう。


「この国の人は……いいんだか悪いんだか、良く分からないな」


 日の落ちた闇の中、物憂げな長身の男が呟く。その格好は少々どころか、かなり浮く格好だ。

 腰には細身の剣を帯刀し、着用する衣服は、西洋の古い貴族を思わせる。黒ではなく、白と青を基調とした衣服に皴はなく、このまま会議室や議事堂に入れば様になるだろう。力の入ったコスプレにも見えるが、異様なのは……『道行く人が誰も、彼と自然体で流している』点だ。

 警察官ともすれ違ったが、全く呼び止められる事も無い。真実の公表以降、何名かの阿呆が物騒な事件を起こし、巡回を強化し目を光らせている。コスプレとはいえこんな格好じゃ、銃刀法違反で職務質問を食らいそうな物だが、あからさまな異物でありながら、その人物は完全に「日常」として溶け込んでいた。


 手ごろなファミレスに足を踏み入れ、異質な格好に店員が話しかける。至って自然体で対応を進め、窓際の席にその人物は向かう。向かう席で待っているのは若い男、まだ少年のあどけなさを持つ彼の下へ、西洋貴族風の紳士が相席した。

「ずっとその格好なんですね」と、少年が声を掛ける。その人物は苦笑して、気安い彼との会話に入った。


「すまない。僕らヴァンパイアは、人間相手だと着衣へのこだわりが薄くてね。常に気配を溶け込ませているせいで、どんな格好だろうが相手に『自然な格好だ』と認知されてしまう」


 では、ヴァンパイアは基本、衣服に自由なのだろうか? 浮いた服装の男は答えた。


「最近はそうでもないかな。写真で撮られてしまう事もあるから。それと、ヴァンパイア同士で会談する時も正装だね。それ以外は気に入った衣服を着用している。まぁ中には、常に決まった装いの人もいるけど。剣鬼なんてゴリゴリの和服に日本刀だからなぁ……」


 仲間について話す様子に、少年はしゅんとした。……通信障害の起きた日に「真実」を聞いた少年は、西洋服の男の故郷と、仲間たちが絶滅に近い状態に追いやられている事を知っている。敏感に過ぎると感じる男は、少し声を弾ませて告げた。


「そんな顔をしないでくれ。確かに僕の本拠点はもう、生存者は絶望的だけど……すべてのヴァンパイアが全滅した訳じゃない。さっきの剣鬼って呼ばれるヴァンパイアも、実は偶然日本に来ていたんだ。ちゃんと顔も合わせたから、間違いない」


 少年の表情が、一気に希望に満ちたものに変わる。コロコロと無邪気に顔色を変える様が可笑しくて、西洋風の男は笑いをかみ殺していたが、諦めた。


「しかも動機が笑えてさ……お気に入りの女性歌手が日本にいるらしくて、ライブに合わせて来日していたんだ。どうも彼女、歌手さんのファンの一人で、同時にボディーガード役らしい」


 ヴァンパイアの護衛がついていたら、人間はまず手は出せない。少年も腹を抱えて笑っていた。悪い空気を吹き飛ばした後、男はそのまま明るいニュースを伝えた。


「彼女だけじゃない。実は先日、オーストラリアに拠点を持っていたグループとも、短いけど魔術的に交信が出来た。彼らの証言によれば、ニュージーランドも無事らしい。ただ南アメリカ大陸と、アフリカの状態が不明だ。余波を受けているのか、直撃してしまったのか……無事な可能性もあるけど、現時点ではちょっとわからない」


 すっ、と少年の顔が真剣身を帯びる。彼は表情だけでなく、感情も激しく変化する人物のようだ。好意的に頷きつつ、ある事を西洋風の男に提案する。


「……ヴァンパイアの事を公開してはどうか、だって? ……まぁ、電子機器も不安定みたいだし、僕らが裏側で蓄積してきた魔術系統、技術を公表するメリットもあるけど……気は進まないかな」


 それでも、少年は食い下がった。

 少年は言う。自分やあなたは話し合えるし、歌手のファンのヴァンパイアだっている。決して和解は不可能じゃない。今は助け合うべきじゃないのだろうか。きっと協力しあえるはずだ……

 少年の言葉は、世間を知らない理想論。けれど西洋風の男はこうも思う。こんな青臭い言葉を真正面から言える彼だからこそ、自分の正体を明かす気にもなったのだと。

 その彼に、現実を告げるのは心苦しい。

 が、譲れない一線も、確かに存在する。派手な格好で街並みに溶け込む男は、ヴァンパイアとしての見解を伝えた。

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