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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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滅びの景色

前回のあらすじ


 通信障害から二週間が経過した。直らない通信に、国や会社を無能と罵るばかりで、変わらない日常を民衆は過ごしている。不安や真実について、噂こそするが興味は無い。関心があるのか無いのか分からない人々の心理を、晴嵐は不気味に思っていた。

 その後……ついに日本国民全員に対し、重大な発表があると通知された。

 SNS、動画チャンネル、有名検索サイト、テレビ、新聞各社とネットメディア、果てはラジオチャンネルまで……ありとあらゆる通信、情報伝達手段を用いて、全く同時刻にある事実を公表するという。ついに来たか、と身構える中で、ネット掲示板は盛り上がっていた。


「いや、盛り上がっている場合じゃないだろ……」


 せっせとコメントを書き込んでいる時間があるなら、そしてその考えで、予測できる危険な予兆があるのなら……どうしてそれに備えないのか。人様に話したところで、一体何人が真剣に考える? その時は少し肝を冷やすばかりで、結局数日後にはケロっとしているではないか。赤の他人とおしゃべりしている時間で、何かやれる事は無かったのか? 出来る事が無かったのか? 備えておく事は出来なかったのか……

 正解を言い当てているかは知らないが……既にネットや現実の噂話で、この二週間の通信障害は……既に通信障害ではないだろう事を察している。公式声明やメディアは、色々とメンテがどうだとか、やたらとテクニカルな単語の群れを使って言い訳しているが……それでも長引けは誰だって、嘘のにおいを嗅ぎつけるものだ。


『――時刻になりました。国民の皆様、どうか気を落ち着かせて、真実と向き合って下さい。これより二週間の通信障害……いえ、今この地球で起きてしまった真実を、皆様にお伝えします――』


 ペットボトルとスポンジ、エアーポンプに使う人口の綿を組み合わせ、機械にかからないよう気を付けて湿らせていく。安上がりの資源で集めた材料を使って、彼は室内菜園キットを製作中だった。いくつか並べた後、これまた百円均一で購入した植物の種子を蒔いていく。古紙を上に敷いて遮光し、芽が出るまでは待機だ。


『恐らく……皆さま薄々感づいておられるかと思います。二週間も外国と連絡が取れない状況は……あからさまに異質です。我々マスメディアも、真実をいつ公表するべきか。そしてこの真実を明かす事に、後ろめたさがあったのです』


 何割かは嘘である。間違いなく。

 常に交通機関を使い、海外への取材を当たり前にしてきたTVメディアが……空港の海外便が、極端に減少している現実に気づかない訳が無い。

 だがしかし、彼らだけを責めるのも酷な話だろう。世界が滅びたという現実を……真実として、事実として、誰だって受け止めたくはない。二週間の間、真実の隠蔽が出来たのは……「その現実を認めたくない」と言う集団の無意識が働いていたのだろう。

 淡々と作業を進めながらも、晴嵐も放送を見逃さない。真実に察しはついているが、大事なのはその後、国がどう動く気なのか、そして民衆はどう反応するのか……それを確かめる必要がある。


 晴嵐が選んだメディアは「ネットの生放送」だ。年代的に親しんでいる点と、ネットの生放送の場合、コメント欄が解放されている場合がある。視聴者の反応が、直接他の視聴者や放送者に届くのだ。

 放送者の緊張が表情で見える。一旦晴嵐も作業の手を止め、真実の公表に備えた。


『二週間と少し……某日未明、通信障害が起きたあの日……核保有国同士による、核の報復が行われてしまいました。キューバ危機を回避し、冷戦を乗り越え、戦争を何度か起こしながらも……私たち人類は、世界の終わりだけは避けていました……二週間前までは』


 息を止めて、言葉を止めて、じっとアナウンサーは溜める。震える声色で、画面の向こう側を見つめ、そっと一つ警告した。


『これから……今の世界の姿をお見せします。どうか……心してください。自衛隊機が撮影した映像です……』


 映し出されたのは、合成写真としか思えない……作り物としか思いたくない光景。まさしく「世界の終わり」を切り取ったかのような、爆心地と廃墟だった。


『こちらは中国の都市の一部です。御覧の通り……完全に廃墟と化しています。政府は事態の把握のため、まず各国との通信復旧に勤めました。ですがアメリカ、中国、ロシアなど……核保有国とは、どの国とも連絡がつかない状態です。

 事態把握のため……防衛省は自衛隊機を発進させ、情報収集に努めました。中国首脳と直接対話は不可能でしたが、近海を移動中の中国艦船との接触に成功。彼らの協力と許可の下、中国領空へ自衛隊機が写真撮影を行ったのです。


 これが……これが現実です。核抑止論は、世界と共に崩壊しました。核が……核が、世界中に落ちたのです。この状態で生存者は絶望的でしょう。日本政府は救助作戦も立案しましたが、放射線の濃度が高すぎて、既存の防護服では持ちません。

 専門家によれば、複数の核弾頭が着弾した事により……極めて危険な濃度の放射能が検出されています。放射性物質は密集すればするほど、危険な濃度になります……同じ地域に核ミサイルが着弾した事により、核シェルターもどこまで機能しているか……ともかく、地球は、人類は、窮地に立たされています。


 ですが――ですが、すべてが終わった訳ではありません。防衛省の発表と専門家の見解によりますと……オーストラリア、インドネシア、アフリカなど、非核保有国であれば、核の抑止、報復論による攻撃対象にならないとの事です。

 つまり――まだ通信は回復していませんが、人類は滅んでいません。無事な国家もあり、そして国民の皆様も生きています。世界の秩序や、地球の環境は大きく変化していくでしょう。それでも――変わってしまったこの世界で、我々は生きていくしかないのです。これからの崩壊と変化を受け入れ、国民皆さまで協力して……私たちはこの、崩壊した世界を生きていくしかないのです。

 時間はかかるでしょう。受け入れ難いでしょう。それでも我々は生きている。そしてこれからも生きるために、本当の意味で我々は未来を考え、生きていかなければならないのです。どうか……どうか、今を生きる皆さま。ご協力を、お願いいたします……』


 誠心誠意を形にしたような、言霊と姿勢を宿したアナウンサーが一礼する。

 晴嵐は何も言えず、けれど何も感じなかった訳でもない。静かな眼差しを注ぐ中、荒れていくコメント欄が嫌でも目についた。

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