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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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いずれ終わる日常

前回のあらすじ


核による惨禍は止まらない。放射能汚染、死の雨、そして核の冬の到来が迫る。直撃を避けた非核保有国でも、致命的な地球の環境変化に晒されるように思えた。だがしかし……何故か、見えざる何者かの手によって、人が生き残っている領域では、生活が保たれていた。

「うわあぁぁああぁぁっ!?」


 その瞬間、一人の「青年」が飛び起きた。

 日本のボロアパートで、一人暮らしの若い青年が、びっしょりと寝汗をかいている。時期は秋口。確かに残暑の日もあるが、それを考慮しても彼の汗は異常と言えた。


「はぁ……はぁ……なんだ今の夢……?」


 青く平和に広がる海が、一瞬で灼熱の塊に飲み込まれる夢。深い深い海の底で、横たわる鉄の塊と……金属のケロイド状の肌を持つ、穴あきの海産物に塗れた亡霊に、恨めしい目で睨まれる夢――

 青白い瞳は怖ろしいが、それ以上に悲し気だった。嘆きを大いに含んでいた。何か直接触られたり、危害を加えられたりは一切ないが、あの瞳が脳裏にこびりついて離れない。数回荒い息を吐き出した後……若い彼は速足で流し台に向かうと、嫌な気分を振り払うべく顔を洗った。


「なんか悪い事したかな……オレ……」


 何も変わらない、いつも通りの日々。未来は少し不安で、やる事にせかされて、退屈でもやるべき事はやっていかないと、世界に置いて行かれそうな気分になる。そんな日々。嫌な夢のせいで顔色は少々悪いが、他に目立って彼に不健康な所はない。

 親元を離れて暮らす彼は、一人暮らしの自由を謳歌していた。相変わらず心配性な両親……特に母親の連絡が過剰でうるさいが、概ね平和な朝と言える。気分の悪いままレトルト食品を温めつつ、調理時間中にお気に入り配信者のチェックも忘れない。


「おっ、新作きてんじゃーん」


 適当に再生しつつ、寝間着を脱ぎ捨てていく。ちらりとスマホで確認した時刻に、一瞬表情が苦くなったが……効率よく進めれば大丈夫だろうと呟いた。外に出れるように着衣を変え、今日の講義用のカバンを手に取り中身をチェック。問題ないと閉じた所で、聞き慣れた電子レンジの音が鳴り響いた。

 スマホ立てに立てかけ、動画を視聴しながら彼は簡素な食品を口に運ぶ。あまり行儀は良くないが、急ぎの彼は気にする余裕がない。

 近くでは工業系の大学が、定時のチャイムを鳴らしていた。一瞬顔を上げて、大急ぎで準備を進める。ご馳走様と雑に言い捨てて、歯磨きではなく清涼剤でブクブクと口を漱ぐ。一旦は視聴を中断して、彼はアパートの戸締りを終えて飛び出した。


「えーっと今日の講義は……あー良かった。出席が頭じゃない奴だ」


 今日のスケジュールを確かめた青年は、ふぅと胸を撫でおろした。開幕で出席か欠席かを決める奴だと、遅刻した時点で一回分の出席を逃す事になる。後から入っても大丈夫な講義だが、できれば最初から講義室に入った方が良い。

 徒歩十分で辿り着ける工業系の大学に、今日の講義セットを持って走り抜ける。開始前に入り込むと、軽く汗を流した彼に知人が笑った。


「よぉ晴嵐! 危なかったな!」

「はは! いやぁセーフ! 超特急で間に合ったぜ!」

「珍しいじゃん。なんか悪い夢でも見たのかぁ?」


 突然の言葉を受けて、晴嵐と呼ばれた青年の表情が曖昧に笑みを作る。冗談半分だった声の主は、少し驚いた様子を見せた。


「へぇ? あの噂マジなのかな」

「噂? 噂ってなんだよ?」

「いやな? なんかネット上でも話題になっているんだけどさー……昨日の夜から今日の朝にかけて、妙な夢を見たって奴が多くて……しかも同じ夢なんだと」

「えぇ? なんだそりゃ?」

「晴嵐、どんな夢見た訳?」


 印象的な夢なので、若者の晴嵐もはっきり記憶している。燃え上がる海と、沈んでいく鉄屑、そして奇妙な亡霊について話していると、相手は神妙に首を振っていた。


「うわ……それ噂の夢だぞ。いいなぁ、俺は見れなかったんだよなぁ。なんか話題に置いて行かれた気分だぜ」

「えぇ? 冗談止せよ。正直かなり不気味っつーか、気分最悪の悪夢だ。詳しい意味は分かんないけど……なんて言えばいいの? 激しく責められている感じがして……オレなんか怨まれる事したかなぁ?」

「どうなんだろうな? 晴嵐だけじゃないし、日本人全員怨まれていたりして」

「だったらなんで、お前は見てねぇんだよ」

「さぁ? 日頃の行いがいいからじゃね?」

「お前に限ってそれはナイナイ……」

「もしかして喧嘩売ってる? 買うよ?」

「言い値で?」

「イイネ!」

「はは、下らね」


 適当に気安く、同年代での会話に入る。鳴り響いた講義開始のチャイムと共に教授が入場し、声を小さくして二人は少しだけ話を続けた。


「もしかして、宇宙人の毒電波攻撃かもな?」

「なんだそりゃ? 意味わかんね」

「いやどうもさ、なんか海外とも連絡が出来ないんだと。どうも強烈な電波障害かなんかで、一切の通信ができないとか」

「それマジ?」

「マジマジ。晴嵐は海外のダチや身内っている?」

「いや全く」

「そっか。じゃあ確認しようがないか。ともかく、日本国内なら通信やインターネットは無事なんだけどさ、海外とは電話含めて、全然繋がらないんだ。んで陰謀論界隈が盛り上がっちまって、これは闇の組織が宇宙人に頼んで世界中の通信システムを――」

「あ、もう結構です」


 いろいろと不思議に思う事もあるが、今自分たちにある現実はいつも通り。なら難しい事は考えず、とりあえず単位取得を目指して、勤勉にやっていれば大丈夫だろう。

 そんな風に未来を信じ、若き頃の晴嵐は変わらない日常を信じようとしていた。

 とっくに跡形もなく、灰と化している事も知らずに。

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