生まれ変わりと若返り
前回のあらすじ
旗越しに通信するテティに絶句し、ガン見してしまう晴嵐。ちろりと見たテティは、彼を『おじいさん』と呼び、晴嵐はそれを黙認する。少女の中身も信じた彼らは最後、こちらに来た過程を話す。しかし彼らは違った。テティは『一から赤ん坊からやり直して』晴嵐は『若返ってこの世界に投げ出された』と。
「赤ん坊て……意味わからんぞ」
「……こっちのセリフよ」
縮んだかに見えた距離は、その実まだまだ遠かった。
スーディアの指摘もあって、内面を探り、中身を検証する工程は省けた。けれども自分たちの間には、隔てりがあるようだ。
「……お主の中身については、一旦疑わん事にする。だが生き直したとは?」
少女の顔つきが苦く曇る。彼女も先に聞きたい事柄なのだろう。晴嵐に先を越され、頭を掻きつつ語り始めた。
「言葉のままよ。この世界の人間として、一から始まっているの。赤ちゃんからね」
「……酷い話じゃな。おしめを取り換えて貰った記憶があると?」
「その頃はさすがに覚えてないわよ。『一回目』のだって記憶してないでしょ?」
「じゃ何時、過去の自分を取り戻した?」
目を細め、渋く口をすぼめて、テティは主張する。
「4~5歳ぐらいかしらね。物心ついて来たころから、徐々に経験を思い出し始めた。7つのころには、ほぼ取り戻せていたと思う。で、あなたは?」
手番を渡された晴嵐は口ごもる。
どう説明したものか、額を抑えて悩みこんだ。自身にも原理のわからぬ突拍子もない話だが……信用を得るために、奇妙な体験を必死に言葉へ変換する。
「……死ぬところじゃった。前生きていた世界で。全身から力が抜けて、瞼が酷く重くなって……身体が芯から冷えていく。あぁ、これで死ぬんだと、わしは納得しておった」
「うん」
「死ぬ直前……誰かの気配がした。おぼろげな輪郭で、後光が差していた気がする。若い女だと思うが……ありえない」
「……どうして?」
「わし以外の人間は皆、死んでおった。少なくともあの周囲では……わしが最後の一人……だと思う」
「どんな世界よ……」
前提の説明が足りず、テティは距離を取っている。言い訳はせずに、こちらに来た時の事を全て話した。
「その女に触れた直後……真っ暗な所に投げ込まれた。意識があったかも曖昧で……何せ五感もほとんど機能しない場所じゃった。多分ここが死なのだ……そんな具合に納得しておった。だが突然、五感が戻って……目を開けたら、この森の中におった。若返ってな」
「……えぇ?」
不審者を見つめる目つきのテティ。それも無理もなかろう。信用されたい反面、少女の心理に共感する。同じ内容を誰かに言われても、絶対に晴嵐は信じはしない。どう補足説明すべきか……本気で悩む彼だが、少女もまた苦悩していた。
「お互いトンデモな話だし、とりあえず肯定する形で話を進めていい? 信じられないって言い合っても、水掛け論になるだけよ」
「うむ……」
嘘をついているなら、どこかで矛盾が生まれるはず。第三者から見れば、出鱈目加減はどっちもどっちだ。話を進めていけば、互いに見えてくる物があるかもしれない。両者ともに脳を使い、牽制気味に質問を始めた。
「生まれ直したと言ったな? となると……今の家族がおるのか」
「父親はいなくなった。母様が女手一つで育ててくれたわ」
「……そうか」
答える彼女の声は、熱が込められたように思える。この世界の家族に対して、情を抱いている節があった。
今度はテティが彼に問う。
「……こっちに来て、何か目新しい物はあった?」
「あり過ぎて困る」
「もう少し具体的に」
「そうじゃな……わしの世界には、知性種族が人間しかおらんかった。機械知性も生まれかけじゃったが……発展する前に壊れた」
「な、何よそれ……オークやエルフ、亜竜種の人とか……みんないないの!?」
「他にも……わしのいる世界には『魔法』は、空想上の産物でしかなかった。だから……その魔法の旗も今日初めて見た。機能も知らん」
少女が完全にフリーズし、絶句して固まった。
晴嵐が魔法や、異種族の存在に衝撃を受けたように……この世界で暮らしの長いテティには『全く存在しない』ことがショッキングのようだ。
目を開いたまま震え続けた彼女は、手持ちの旗を見つめて、彼の意見を飲み込む。
「…………やたらジロジロ見てたけど……そういう事? ちょっと待って、じゃ貴方、こっちの常識知らない訳!?」
「知らん。全く知らん」
「もう一つ質問。こっちに来たのはいつ?」
「数日前じゃ」
「……最後に、私を助けたのは貴方の私情?」
ふーっと、肩の力を抜いて晴嵐は答えた。
「その通り。ラングレーにお主の事を吐かせた時……わしと境遇が似てるように思えてな」
「実際はこのありさまだけどね……」
蓋を開けてみれば、お互いの境遇は違い過ぎた。『中身が老人』以外の共通項がない。頬杖をつく様に手のひらを添えつつ、テティは彼の状況を読み解いた。
「……右も左もわからない。仲間もどこにもいない。死んだはずの貴方は森に放り出されて、村人に対しとりあえず猟師と名乗った。村から仕事を貰った貴方は、ラングレーから私の情報を仕入れて……近い境遇なら協力を得られると期待し、仕事をこなしつつ私を助けた。こんな感じの経緯かしら?」
「すごいの……大体合っておる」
話を作るのが得意なら、話を読み解くのも得意のようだ。今ここに至るまでのいきさつを、少女は大よそ当てて見せる。
まだ考察を続けているのか、瞳は揺れている。けれどその視線はもう、胡散臭く晴嵐を見つめてはいないかった。
「こんな話、私以外じゃ門前払いよ」
「じゃろうな。だからお主を選んだ」
「それもそうね……わかった。貴方の素性は秘密にするし、この世界の普通についても、聞いてくれていい。でもひとつだけ付け加えさせて」
「……あまりハードルを高くするなよ」
身構える彼に、テティは影のない笑みで言う。
「たまに貴方の『与太話』をしたり、私の『与太話』に付き合ってくれる?」
「そんなことか。別に構わん」
晴嵐の境遇を理解せねば、この発言は出てこない。彼女からの信用と協力を、無事に得られたと見ていいだろう。
けど、お互いにまだ疑問もある。『与太話』は、それを解消するのにも役立つはずだ。条件というよりは提案に近いし、極端な不利を背負うこともあるまい。
「ところで、お金はあるの?」
「この後入る。シエラからは多少信用もされとるし、実際に猟の経験もあるからの、上手い事何とかする」
「……物騒なことはしないでよ」
「努力はしよう」
ちらと不安げな目線を受けても、鼻で受け流す晴嵐。これでどうにか、この世界に馴染むための基盤は、得ることが出来そうだ。
「長話になってしもうた。そろそろ村に向かうとするか」
「そうね……色々あり過ぎて、疲れたわ」
晴嵐も言葉に出さないが、肉体も精神も鈍くなりつつある。安全な場所で、まとまった休息の必要があるだろう。囚われの身の少女も、それは同じだ。
後ひと踏ん張りと、疲弊した顔を突き合わせる二人。重くなる足を鼓舞し、道の先にあるホラーソン村を目指して歩んでいった。




