報復
前回のあらすじ
旧世代の核兵器についてと、現在の核兵器事情について。旧型の核が落ちた所で、せいぜい20キロメートルが吹き飛ぶだけだ、最新型が落ちるよりマシだと表現した。
意識が再び、別の場所に飛ばされたルノミ。目にしたのは、核が着弾した瞬間ではない。それより少し後、全滅を回避した軍と政府関係者が、シェルター内から現状を把握している場面だった。
「「「「「――……」」」」」
コンソール越しにシェルターの人々が、自分の暮らしてきた国を見つめる。通常回線は死に、防犯用の監視カメラも死に、各種通信は電磁嵐でぐちゃぐちゃだ。状態の把握は困難を極めたが、軍用の回線や機器は、核兵器や電子的攻撃への対策が為されている。核シェルターや軍事基地の設備の場合、予備電源や発電設備、専用回線や無人偵察ドローンも備品として存在していた。だから汚染と爆風から身を隠したまま、外の様子を伺う事が出来た。……もっともそれは、幸運に程遠いだろうが。
「ははは……ははははは…………」
愉快なことなど何もない。けれどこの景色は笑うしかない。想像してみて欲しい。愛する故郷の一都市の――『直径20キロメートルの範囲が、跡形もなく消し炭になる』光景を。この破壊範囲であれば、都市一つを丸ごとすっぽり覆えてしまう。
そこにあった平和な街並みと、平穏に暮らしていた人間も、何もかもが熱線と爆風で崩れ去る光景を。目にしても信じられない、受け入れられない、そして仮に現実と認知したとしたら――狂うしかないではないか。
シェルターに籠った一人が、壊れた思考で告げる。
「――報復だ。撃って来た奴らに核を撃ち返せ!」
撃たれたら撃ち返されてしまう……だから互いに核を撃てない。それが核の抑止論だ。彼ら核保有国に対し、どこからか核攻撃が実行された。ならばその代償は、核によってなされなければならない――
憎悪と憤怒に滾る者に、まだ理性を残した人物が告げた。
「……無理ですよ。今、発射位置を特定しました。――核を保有していないとされる国家です」
「だから何だ!? その国に核を――」
「国としては保有していません。発射位置は恐らく、不法占拠者……要はテロリストが抵抗中の設備。これは……テロリストによる先制核攻撃なのです。これで私たちが撃ち返したら、責のない国家に汚染をばら撒くことになる。抑止論と報復は、成立しません」
核による抑止論が、成立しない状況がある。
それは『テロリストによる先制核攻撃』
不当に土地を占拠し、武装して犯罪を行う相手は『国家』の枠組みにいない。本国としても表向きには殲滅を試み、敵対している。
そのテロリストが核で攻撃を行った場合――核で撃ち返す訳にはいかない。土地を保有している国家は、テロリストと対峙しているのだ。つまり『核を使用した相手』と『国家』が繋がれていない以上――核でテロリストを報復してしまうと、使用者と無関係な国家の土地を放射能で汚染してしまう。だから――『核テロリストによる攻撃に対し、核報復は行えない』――これが核抑止論の、代表的な穴である。
されどこれは所詮、机上の空論。一度も核による戦争も、核によるテロリズムも行われていない世界での話。実際に――国家運営に携わる人間が、核の制御を担っている人間が――自らの所属する故郷の光景を、ひとつ残らず灰塵に返された時、その思考は狂気へと染まった。
「ふざけるなよ……この光景が見えていないのか? 死んだんだぞ、あの場所にいた者は。若者も老人も、男も女も、愚かしくも愛おしい民衆が――祖先が積み上げた我らの国が、一瞬で消し炭になったんだぞ!? 分かっているのか!?」
「……――ですが、ここで迂闊に核を撃ち返せば、下手をすれば我々が地球を滅ぼす事に……」
「知ったことか! このまま我が国に黙って滅びろと!? そんなお上品な理屈が何の役に立った!? そんなマトモさが人間にあるなら――そもそも核を人間は使わないだろうが!! どうしてよりにもよって、核の被害を受けた我々が……世界のために、お上品に滅びてやらねばならんのだ!?」
言霊は隠しようもなく、狂気を孕んでいた。けれど誰も、その狂気に抗う事は無かった。むしろ進んで、自分から飲み込まれていく。
「核を提供したのは、どこの誰かは知らないが……廃棄が管理不十分だったのか、意図的に保有国が中古を流したのか……なんだっていい。核保有国の、どこかの誰かの失態が、我々の国を破滅させたのだ……!」
「……犯人をどう特定するおつもりで?」
「特定する必要は無い。『現状の核保有国のすべてに核弾頭を報復で撃ち込め』っ!!」
「!?」
あまりに狂った単語。一見知性の欠片もない発言に見えるが、狂気と理性は共存出来てしまう。その事を、発言者は知る事になる。
「どんなルートか知らん。どんな方法も知らん。だが『核』が流れた以上、源流は核保有国の何処かにある。黒幕はその中の何処かだ。なら――全員を無差別に核攻撃すれば、必ず黒幕は沈む!!」
「それが何を意味するか、理解しているのですか!?」
「どうでもいい! 世界が滅びようが続こうが――『我々の国としての歴史はここで終わり』だろうが!! 弱り目甘い顔で近寄り、ガッツリ首根っこを押さえて、最後はすべて搾り取る……黒幕の計画はそれに違いないだろうが!! 我々も……弱小国に対してそうして来ただろうが!!
世界が! 人間が! 本当に正しかったのなら、本当に善良であるのなら! こんな危険な可能性を放置する訳が無いだろうが!! こんな狂った世界も人類も生かしておけるか! 我らの絶望を肴に、損得勘定で嗤う者どもを、所詮は遠い国の他人事で済ませられる連中の、養分になんぞなってたまるものか――! 貴様らも全員、我々と共に地獄に堕ちろ――!!」
着々と進む発射準備。地獄の窯に手をかけるように、核兵器に付けられた安全装置が外されていく。これでいいのか、という思いがわずかに浮かんだが、灰色に染まった日常を見て、狂気が燃えた。
この崩壊を……絶望的なまでな破滅と災禍を引き起こしておいて、ほくそ笑む邪悪な誰かがいる。人の不幸は蜜の味。それは精神的な意味合いに留まらない。復興支援の名を借りた経済活動の市場とも取れる。
ふざけるな。だ。他人の絶望に群がる、ウジ虫のような人類に――何故自分たちが、慈悲を掛けねばならぬのか。被害者根性と絶望が組みだす憎悪、そして世界の命運を握った審判者のような気分が、指先に力を籠める。
「こんな――こんな狂った人類も、世界も、生きる価値なんざなかったのだ」
それは本音か、それともわずかに残った理性が漏らした言い訳だろうか? 微かな良心も吹き飛ばして……本当の破滅が、始まる。




