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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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破滅の引き金

前回のあらすじ


亡霊は自らの生まれた日――1946年の夏の景色を見る。行われた核実験、計画者の思惑を裏切り、少しでも後味を悪くして――核が再び使われぬよう祈ったが……現実は変わらなかった。

「え――?」


 真逆の景色に飛ばされ、突然の出来事に混乱した。いや、今まで見た深海も非常識なのだが、何度か『クロスロード作戦』の夢は見た事がある。しかしこの砂漠の景色は、完全に初見だ。粉塵舞う砂地に紛れ、いくつかの建物が見える。ゆっくりと視点が一つの施設に吸い寄せられると、そのまま激突する勢いで迫ってくる。思わず頭を抱え、しゃがみ込んだ瞬間、ルノミの視点は壁を透過してすり抜けた。

 今のルノミも幽霊のようなものらしい。怨霊が見せるその光景は、恐らく過去の出来事なのだろう。地域の民族衣装に身を包み、粗雑な布を纏う人々の言葉は……最初こそ異国の言葉と響きで理解が出来ない。困惑を浮かべる彼の魂に対し、怨霊が気を利かせたのだろう。彼らの言葉と意思がルノミにも理解が出来るようになった。


「遂に我らも、この兵器を所有するに至った! 大国の思惑をすり抜け、ようやく……奴らに我らの嘆きを思い知らせることが出来る!!」


 狭い空間、過剰な声量、明滅する光の渦は、人の心を否応なく高揚させる。複数の人間が演説中の一人に喝采を送る中心で、言葉を放つその男も怒りと憎しみ、そして陶酔の入り混じった表情で機材に触れた。


「世界中が恐れ、拒絶し、廃絶せよと願う『核兵器』! しかし大国の言動は、我らからすれば矛盾である!! 恐怖し、世界を破滅させると怖れながら、その兵器の性能を向上させ続けたではないか! そして直接の対決を恐れる中で、代わりに我らの土地を――我らの祖国を! 我らの日常を! 代理戦争の舞台として踏みつぶし続けたではないか!


 ふざけるな! そんなに戦争がしたいなら、直接当事者同士で行うのが筋であろう! 第三者である我らが国を身代わりにするなど、言語道断! 何が平和だ! 何が全面戦争を回避するための、致し方ない犠牲か! 貴様らがクソのように平和だ公平だ人権だと訴える傍らで、我々は貴様らの排泄した負債をおっかぶっている! そんなに戦争がしたいなら、自分たちの土地と国民が血を流せ! その偽善と傲慢、無知の代償は――怒りによって為し得なければならない!!」


 コンソールに携わる男の演説に、またしても囲う人々が歓喜を叫んでいる。そんな異論を許さぬ空気の中で、一人集団の中の人間が、恐る恐る声を上げた。


「しかし……本当に良いのでしょうか。この兵器の力は、我々の想像を超えています。七十年前を最後に、実戦で使われた記録がありません。どこまでシュミレートを当てにして良いのやら」

「だからこそ――我らが実際に用いる意義がある! 覚悟と意思を示すのに、またとない兵装であろう。どうした貴殿、まさか今更臆病風に吹かれたか?」


 問いかける演説者の瞳には、怨恨に燃える感情と……群れの中に混じった異物を警戒する色がある。「そうではありません」と返しつつも、慎重に質問者は訴えた。


「私とて、奴らの蛮行を許した訳ではございませぬ。あなた様の……いや、皆の怨みも怒りも、すべて私も同じ思いであります。で無ければ……『テロリストを隠れ蓑にして、事実上の核保有』を、政府側が協力する筈もない」

しかり。我らがこの技術、この力を手に出来たのは、ひとえに我ら民族が……この地を故郷とする者が、大国の息の掛かった者どもを誑かし、悉く放逐したが故。我らが団結を、奴らに思い知らせるこの嚆矢こうしを手にしたのは、我らが共通の願望だ」


 核兵器を保有せず、そして核保有国の庇護下――『核の傘』の外にいたために――保有国同士の争いに巻き込まれる立場になった、砂塵の国。弱い立場からの脱却を目指す為に、核兵器の保有を目指した。

 ――もはや、核に対する怖れは薄かった。ただの政治的なカードの一枚に成り下がっていた。祈りも怖れも忘れ、むしろ大国が実験で恐れたカード……その程度の、ある種幼稚と称されても批難できぬ認知になってしまった。

 だが、どうしてそれを非難出来よう? 主導者は覇王と見間違うほどの圧で、腹の底から憤怒を言霊に乗せた。


「良心の呵責――ははは、一体そんなものが何の役に立つ? 祈りも言葉も、勤勉も神も! 何一つ我らを救わなかったではないか! この苦渋も嘆きも素知らぬ顔ではないか! 現実を変えるのは、言葉も祈りでもない! 実行と力! 破壊と暴力だけが確実に現実に傷をつけ、変化をもたらすのだ! 奴らがいくら訴えた所で、憐れむばかりで止まらないなら――暴力を持って、世界に我らが存在と意思を示す他ない!!」


 ひときわ強く盛り上がる場。力に酔い、憎悪に焼かれ、血走った瞳の破壊者が――『核弾頭を装填したミサイル車両』の制御コンソールへ、手を伸ばす。

ルノミは分かってしまった。これは――この盤面は――『世界崩壊の引き金を引いた核兵器』が、発射される場面なのだ。

 ほとんど反射的にルノミは駆け寄り、陶酔者へ向かって叫ぶ。


「貴様らは『我々』には報復できまい! 貴様らが組み上げた論理と矛盾を――世界よ、思い知れ――!」


『やめろ……やめろ! やめろ!! よせぇーっ!!』


 手を伸ばし、走り寄ったルノミの身体は、そのまま虚しくすり抜ける。

 破滅の引き金が放たれた瞬間を、呆然と彼は見送るしか出来なかった。

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