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終末から来た男  作者: 北田 龍一
幕章 終末世界編

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サラトガの怨霊

前回のあらすじ


 ゴーレム工房に戻ったルノミは、ダンジョンへ行きたいと同居人に告げる。意外にもあっさり許可が下り、数日かけて準備を始めると告げ、本来のゴーレムにはない睡眠を取る事に。特に変な事もない日だったが、この後ルノミは昏睡してしまう……

 奥にいるタチバナにも一礼をしてから、ルノミは小さな一室に足を運ぶ。スペースの狭い一室は、本来小さな倉庫だったらしい。自分を目覚めさせた二人が、大急ぎで片付けを進めて、何とか用意してくれたルノミの部屋だ。ほとんど物が置かれていないが、逆に今までは取っ散らかっていたらしい。殺風景な部屋の床に、簡素な敷物が一つだけある。ゆっくりと腰を下ろして、ゴーレムは生き物のように伸びをした。


「さて……明日から情報収集だ。ぼくの計画が失敗したのは確かだけど……落ち込んでばかりもいられない! 辛くても、苦しくても! 真実へ、より良い方向へ向かわないと!」


 それは空元気か本心か。どちらとも言い切れない心情の中、ルノミは眠ろうとした。あれほど深く落ち込み、強い罪悪感に悩まされていた。それでも前に進み、過去の真相を手にしたい。

ルノミは――絶望の影が迫って来ても、足を止める事はない。かつての地球で崩壊の予兆が見えても、活動をやめる事が無かったように。


「助けてくれるもいる。支えてくれる人もいる。だったら――落ち込んでなんて、いられない! ダンジョンに潜って、それから……まぁ、後はある程度行き当たりばったりでも、何とかなるでしょ! 僕もこの世界で生きる為にも、ダンジョンに慣れておいた方が良さそうだしね!」


異世界に漂着し、肉体はゴーレム。仲間たちとは千年のズレが生じている上、救済計画は完全にご破算。心が砕け散ってもおかしくない、ストレスと情報の中で――それでもルノミは、止まらない。馬鹿馬鹿しくても真剣に、地球の仲間を救おうとした彼は、罪を知って尚も、歩みを止める事はない。志を新たに胸に刻んだルノミは、少し興奮してしまったからか、眠気がやや遠ざかった。


殺風景な天井は、輝金属で作られた明かりでぼんやりと照らされている。金属の指先を伸ばし、消灯した瞬間――ぞわり、と部屋の中の空気が、冷たく重く、変質した。

 何が起きたのか、全くルノミには分からない。急な心細さが胸を吹き抜け、そして酷く『静か』だった。ゴーレムの身体の駆動音が嫌に響き、肌を刺すような冷気が……もっと言うなら怖気が、ルノミの心にひりひりと危険信号を送ってくる……


(え? え? な、なにこれ……?)


 ルノミは気が付いた。寒気だけじゃない。ミュートに出来ない聴覚に、何も感じ取れるものがない。ゴーレム工房では、基本的に音がしているが……異常なほど静かだ。タチバナさんは寡黙だが熱心な技師で、夜中でも部品をいじっている事が多い。だから静かな事なんて、ほとんどないのに……?

 しん、と不自然なほど静まり返った、殺風景な室内。おろおろ、きょろきょろと戸惑うルノミの聴覚に、金属の足音が響いた。


 かつっ……かつっ……


 今このゴーレム工房・タチバナには……ルノミ以外のゴーレムは存在しない筈だ。技師の二人も厚底の靴を履く事はあるが、重量感のある金属音は彼らの者ではない。

では何だと言うのだ? 他の物音が消え、狭い室内に近づいてくる足音の正体は。得体のしれない何かが迫る恐怖に、ルノミは集中し耳を澄ませてしまう。


 かつんっ……ぴちゃっ……

 かつんっ……ぴちゃっ……


鉄と鉄が触れる音。その直後に湿った音がする。滴る水の音は背後から。恐る恐る後ろを振り返ると、壁をすり抜けて『亡霊』が姿を現した。


ケロイド状に爛れた金属の肌を持ち。

胸にはぽっかりと空いた空洞。

フジツボとサンゴに覆われた身体に。

眼光は青白く鋭い光を放っている――


「ひっ!?」


 この世ならざる異形。実態を持たない霊体。外見もさることながら、ルノミを恐れさせているのはその表情だった。

 般若――という表現さえ温い。恨みと怒り、ぐつぐつと腹の中に在る燃え滾る黒い感情で、仄暗い情熱をどろりと煮詰めているのだ。焼けただれ死んだ腐臭と、磯の臭いとを漂わせて、深海の底から響く声でルノミを祟った。


“ヨクモ――ヨクモ、地球カラ逃ゲタナ――!”

「っ!」


 青白い亡霊の眼光に、ルノミは一歩も動けない。金切り声も上げられず、亡者の糾弾を受けてルノミは思い出していた。

 あの日――地球の世界に核が落ちたあの日。一部の日本人は『亡霊』とその夢を見た。かつて行われた実験と惨禍。そしてあの兵器――核兵器の脅威を訴える事を忘れた日本人を、恨めしく糾弾する被爆者の亡霊。

ある人間にとっては『Crossroad Ghost』

ある吸血種にとっては『ビキニの融合霊』

そしてルノミは、その亡霊をこう呼んでいた。


「『サラトガの怨霊』……!? ど、ど、どうしてこっちに――!」

“許サナイ……逃ガサナイ……”

「ち、違う! 僕は……僕は逃げたんじゃない! 救おうとしたんだ! みんなを助けようとして」

“ソレデモオ前ハ――『地球カラ逃ゲタ』!”

「……!」


『サラトガの怨霊』が、ルノミを責める。

『異世界移民計画』の成否ではない。あの亡霊が怨んでいるのは、計画実行そのもの。ルノミの行動を――『地球からの逃走』と解釈しているのだ。


“見セテヤル――オ前タチガ見捨テタ後、地球デ何ガ起キタカヲ。オ前モ――アノ絶望ヲ味ワエ!!”

「うっ……!?」


 亡者の半透明の手が、ルノミの頭部を、魂を鷲掴みにする。

 双眼がひときわ強い光をルノミに浴びた瞬間、彼の魂は過去へと飛んだ。


用語解説


サラトガの怨霊


 Crossroad Ghost であり、ビキニの融合霊でもある『亡霊』――この存在を見てしまう条件は二つ。晴嵐が保持する『写真』に触れてしまう事、そして『地球』にゆかりがあるかどうかである。ルノミを『地球から逃げた』と糾弾し、怨念を向けているように見えるが……

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