ダンジョン物の知識
前回のあらすじ
その後の移民計画の行く末について、ルノミと晴嵐は考察を進める。これでもう打ち止めかと思いきや、ルノミに言わせれば「まだ方法がある」と言う。
聖歌公国・首都ユウナギに存在するポートの一つ――『グラウンド・ゼロ』には、ダンジョンと呼ばれる異空間があるらしい。そしてこのダンジョンが生成されたのは、移民計画第一陣の誰かが、異能力を使ったからだという。未だに存命の可能性があり、ダンジョンマスターと接触すれば『真実』を得られるかもしれない……
ライブラリで騒いでしまい、少々施設内に居づらくなった二人。最も重要な部分は話し終えたし、ここから先は外でも良い。長いような短いような時間を過ごした「地球出身者達」は、来た道を戻りつつ「ダンジョン」と「ダンジョンマスター」について話を変えた。にわかには信じがたい。そういう表情をする晴嵐に対して、ルノミは「わかりますよ」と言いつつ理解を求める。
「なろう系作品の批評で、主人公に都合の良い展開が多すぎる……って論調も多かったですからね。ダンジョン物は、矛盾が少なめだった気もしますけど」
「深くは考えん事にする。細かい所の理解は……お堅いジジイの頭では無理じゃろう」
残念そうな表情を液晶に浮かべるルノミ。まだ回復しきってはいないものの、少しは気力が戻ったようだ。彼もまた思い出しながら「ダンジョン物」についての話を始めた。
「ダンジョン最深部に、ダンジョンを運営するマスターがいる。冒険者たちは一獲千金を夢見て迷宮に足を踏み入れ、罠やモンスターをかいくぐりながら踏破を目指す……と言うのが「攻略側」で書かれた作品ですね。逆に「ダンジョンマスター」目線だと、いかに相手を防いで迎撃するか……って話になります」
「迷宮を作って、それでどうするんじゃ? 穴倉に引きこもっていたら干上がって死ぬぞ」
「それをさせないように、こう……迷宮内にエサを用意するといいますか……侵入者に攻略されてはいけないけど、危険すぎて誰も入らないようにしちゃダメ。程々にナメて貰っておいて探索者側にも旨味を用意して、時には相手を罠にハメて……徐々に迷宮そのものを成長させる、みたいな感じです」
「成長て……生き物じゃあるまいし」
「侵入者を撃退してポイントゲットです!」
「えぇ……あぁまぁ、分かった。ともかく『そういうルール』で、ダンジョンとやらを経営する作品群なんじゃな?」
「そうそう。金と欲で冒険者、探索者を誘い……深く足を取られたものを迷宮に飲み込む邪悪なダンジョンマスター! みたいな?」
晴嵐は両目を細めて、なんだかなぁ……と分かったような、分からないような表情である。次の言葉を男が紡ごうとした所で、突然町中からいそいそと集団が近寄って来た。
「あなたも、ダンジョンマスターの信奉者ですか!?」
「へ?」
「……なんだお主らは」
きょとりとするルノミと、露骨に警戒心をむき出しにする晴嵐。相手の表情が見えていないのか、その謎の集団はベラベラと喋り始めた。
「私たちは『迷宮教』の信者! 偉大なるダンジョンの恵みに感謝し、そしてその最奥におわす『ダンジョンマスター』とお会いする事を目指しているのです!!」
「そうよ! ユニゾティアに与えた恩恵は計り知れません! 様々な金属や道具を産出し、今なお絶える事のない無限の金脈!! 成功者になれる事間違いなし!!」
「きっと素晴らしいお方に違いないわ! 素敵! 抱いて!!」
「……って、あれ?」
突然現れ、早口でまくし立てる謎の集団。熱っぽく語っている間に、晴嵐は素早く静かに、ルノミの手を引いて抜け出していた。ゴーレムの彼は何度も振り返り気にする中で、そそくさと逃げ出すように速足で遠ざかる。
「話を聞かなくていいんですか?」
「あの手の輩は好かん。終末カルトの連中を思い出すのでな……」
「あー……グリジアさんから聞いていたんですけど、あの人たちが『迷宮教徒』なんでしょうか? なんかやたらと、ダンジョンを持ち上げていましたけど……」
「何を信じようと勝手だが……胡散臭くて人を遠ざけるぞ、あれは」
男の目は険しい。格好はバラバラだし、種族も性別も年代さえも、その一団はバラバラだ。なのだが、群れて動き、キョロキョロと道行く人に視線を向け、何かピン! と来た相手に集団で囲んでは早口でまくし立てる。どう見ても迷惑行為だが、かといって関わりを持ちたくない……
異世界でもカルトはカルトか。汚い物を見る目も何のその。自分の正しさを信じている人間は、周りが何と言おうと止まらない。そそくさと遠ざかった後、ルノミに対して晴嵐は改めて確認した。
「……なろう系とやらは良く分からんが。ともかく、ダンジョンの誕生と運営に『移民計画第一陣』の人物が絡んでいる訳じゃな?」
「そうです。彼らは全員が測定不能の異能力……僕視点で言えば「チートスキル」を保有していました。本人の希望通りな事を考えると『ダンジョンを作る』チートスキル持ちがいたとしてもおかしくない。ダンジョンの命と自分の命がリンクしている話も、良くある形式の一つです。今も信奉者がいるって事は……ダンジョンマスターは健在でしょう」
「うむ……力や象徴が無ければ、宗教ってのは長続きしない」
――かくして、二人の方針は決まった。
次に向かうべき場所は「聖歌公国首都ユウナギの――グラウンド・ゼロのダンジョン」その深部への到達。
未だに存在するダンジョンを運営するマスター……すなわち『ダンジョンを生成するチートスキル持ち』の人物への接触。ルノミからダンジョンへの所感を聞いた晴嵐は、彼に問いつつ確かめた。
「罠や敵がダンジョンにあるんじゃったな……となると、事前に準備や情報収集は必須か。無知な奴はいいカモだ」
「ワンチャン話しかければ、向こうが応対してくれるかも……」
「それで良い方向に転べばいいが、上手く行かなかった場合にも備えねばならん。何にせよ時間が必要じゃ」
「ですね……三日から四日、情報収集と準備に使いましょう。そして――ダンジョンの主と接触して、異世界移民計画がどうなったのか……千年前の真相を知るんです!」
地球人二人が頷き、ダンジョンへ向かう事を決めた二人。
しかし――この後ルノミは一週間、昏睡に陥り意識を取り戻さない。
原因不明のその症状の中で――彼の意識は、亡霊のもたらす悪夢にうなされ続けた。
第六章 聖歌公国・前編 完
次回――幕章 終末世界編




