過ちの構図
前回のあらすじ
何に衝撃を受けたのか、晴嵐が正体を告白しても反応が鈍い。確かめる様子も気が抜けていて、これでは仲間に合わせる顔が無いと煽る晴嵐。しかしルノミは仲間じゃない、と叫ぶ。彼は知ってしまったのだ。千年前のユニゾティアに来た人々が、移民計画の第一陣だった事を。そして過ちを繰り返してしまった事を。
今はルノミと呼ばれている彼は、記憶の底にある『あの人』との会話を思い出していた。
世界の裏で、密かに命を繋いできた種族『ヴァンパイア』……親睦を深める、と言うとおかしな話かもしれないが、少なからず心を開いてくれていた、と思う。でなければ協力も、機密を漏らす事も、そしてこの計画を完成させる事も無かっただろう。
第二陣にいた『あの人』は、無事にユニゾティアに来れたのだろうか? いや、おそらくは自分と同じように、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性が高い。『あの人』がいるなら、この悪行をすぐに止めに入った筈だ。変わらない過去を見据えつつ、地球人の彼に質問した。
「晴嵐さん……唐突なんですけど、アメリカやインドネシア周りの、開拓時代の事って、知っていますか?」
「……深くは覚えてない。生きていくには、必要ない情報だ」
「……ヨーロッパから、アメリカ大陸を発見して……どんどん移民していった話ですよ」
「何だったか……コロンブス、とかか?」
「そうそれ」
「その話と、お主の計画に何の関係がある?」
関係で言えば、さほどない。けれど犯した過ちと罪の話をするなら、あの時代を例えに出すのが適切だろう。かつて『あの人』が……「その過ちを犯す当事者を見ていたヴァンパイアの長老の言葉」を思い出しながら、ルノミは彼の受け売りで話す。
「あの時のアメリカでも……原住民と移民で衝突がありました。当然、完全にお互い初対面でした。言葉も通じない、文化も、風習も、まるでお互いに違った。けれど両者の文明間で、発展度合いに差があった。交流を続けていく内に、移民側は自分たちの力を理解したんです。相手は自分たちのような発展をしていない。時間はあった筈なのに、何もしてこなかった怠け者だ。原始人めいた連中だから、教養に劣っているから、自分たちが上に立って、支配した方が幸せだって理屈で……移民側が自分たちの文化の押し付けを始めた。それが原住民側にとって、蹂躙でしかない事を想像もせずに」
晴嵐と名乗る地球人は、難しく顔で唸る。「なろう系」に詳しくない分、衝撃が薄いのかもしれない。幾分か容認していたというか、楽しんでいる立場だったルノミとしては――「ヴァンパイアの長老格」視点の指摘に、心が凍り付いたものだ。
あの時、絶対に繰り返さないと誓ったのに。本当は叫びたい面持ちで、懺悔のように吐き出す。
「『なろう系』もね……空想の話とはいえ、本筋はさほど変わらなかったんですよ。
『なろう系』小説や作品群の場合、出てくる世界は『中世ヨーロッパ風』に加えて、剣と魔法のファンタジー世界が主流です。対して主人公は現代……核攻撃前の、高度に発展した文明からやって来ている上、規格外の異能『チートスキル』まで持っています。その知識と文化と力から見れば、中世ヨーロッパは遅れている世界に見える。それと同じ構図が……約五百年前アメリカの原住民と、移民したヨーロッパの人たちの間で起きていた」
外国と争い削りあいながら、発展を続けていた当時のヨーロッパ。コロンブスと言う変わり者のロマン野郎によって、アメリカ大陸が発見され、現地民との交流と調査が始まった。だが海で隔てられたその地域は、あまりに文明の発展度合いに差が在り過ぎた。
長い事ピンと来ていない男だったが……ルノミの言いたい事を、理解したらしい。
「……………………まさか」
現代と中世型の異世界
中世ヨーロッパとアメリカ原住民。
何処から何処へはさほど関係が無い。これは変わらない人の心理と、構図の話だ。
「ははは……全く笑えます。進んだ文明を持っていた側が、初接触の遅れている文明にマウントを取る。逆らおうと受け入れようと関係なく、力を持った側が……相手への対話も理解もぶん投げて、自分たちの正義を堂々と掲げて……殺戮を開拓と呼んで、希望に酔いしれた。僕らは知っていたじゃないか。その歴史を、その時代を、その歪みを学ぶ機会はあったじゃないか! なのに、なのにどうして……どうして……!」
「……そんなもんじゃろ。人間は」
「僕は……僕はそんなつもりじゃなかった! こんなことのために、僕は『異世界移民計画』を進めたんじゃない! 僕は……僕は異世界を侵略するために、計画を進めたんじゃないんだ……!」
ルノミは、ユニゾティア千年前を読み解くうちに……それも軽く読み漁っている段階で気が付いてしまった。
千年前、無数の異種族でいがみ合っていたユニゾティア。星を統治する種を決めるための戦争準備中だったのは、偶然と思いたいが……ともかくそのタイミングで、地球から『異世界移民計画の第一陣が漂着した』のだ。これは『聖歌の歌姫』と、測定不明異能力持ちの存在。彼らが付与した知識や情報が『なろう系』のテンプレートと、部分的に合致する事。そしてワードセンスが日本人めいている事……明確な証拠と言えるかは怪しいが、歌姫が第一陣メンバーな事は、ルノミ目線で決定事項だ。
その前提で、ユニゾティア史を読み解けば……答えは自ずと見えてくる。
異世界転移し、チートスキルを手にした第一陣は――この世界、ユニゾティアで牙を剥いたのだ。『欲深き者ども』の正体は『チート転生無双をしようと、力に溺れて暴走した第一陣メンバー』だったのだ。
「みんな……みんなチートスキルを手にして力に酔ったんだ。相手の心を考えたり、感じたり、思いやる事を忘れて……自分の力と知識と、正しさを押し付けたんだ。
なぁ……みんな。『なろう系』に酔ったみんな。僕らは弱い立場や環境、状況に置かれていただろう? その苦しみや悲しさを、何度も身をもって知っていた筈だろう? なのに……なのにどうして、力を得た途端に……自分の味わった苦しみを、いいや、それ以上の理不尽を……人に押し付けて平気なんだよ?
しかも相手は異世界人じゃんか。自分を苦しめて来た相手とは違うじゃんか。赤の他人に……どうしてそんな酷い八つ当たりが出来るんだよ? 弱くたって、頭が悪くたって、文化が進んでなくたって……馬鹿にされたら悔しいだろ? 否定されたら悲しいだろ? 転移前にちゃんと話し合ったじゃないか。自分たちは学んだ。大丈夫だって話し合ったじゃないか。相手を尊重しよう、平和的に進めようって決めていたじゃないか。全部全部……嘘だったのかよ……?」
「………………」
記録に残る悪行をなぞり、ルノミは深く嘆き俯く。
自分が始めてしまった計画の末路に、彼の心は、押しつぶされそうになっていた。
異世界転移・転生系のなろう系作品と
五百年前のアメリカ原住民、ヨーロッパ間で起きた事は構図が被ります。
未発達だった原住民側と、発展の進んでいたヨーロッパ側。
現代文明のチート転生・転移者と、中世風異世界。
どちらにしても『強力な未知の技術と力を持った異邦人がやってくる』と言う構図は同じです。それがチートスキルか、発展した文明の利器化の違いはありますが。(なろう系も作品によっては知識無双系もあるので、差と呼べるほど差はないかもしれません)
もし仮に、私たちが異世界転移・転生したとして……過ちを繰り返さずに済むのでしょうか?
あるいは私たちが『五百年前のアメリカに、ヨーロッパからの移民』だったとして……同じことをしないと、言い切れるのでしょうか?




