真実へ
前回のあらすじ
第三者目線で、ルノミの行動を語るラングレー。聞いているだけの立場だが、言うほどルノミの行動に不自然さや悪意が無いと言う。人を疑う癖が抜けないセイランに、時には信じないと進めない事もあるのではないか? と、オークの彼に言われ、セイランは何も返せなかった。
数日後……再びゴーレム工房に立ち寄った晴嵐。彼はラングレーが紹介した宿屋に宿泊し、聖歌公国首都・ユウナギに留まっている。
他にやる事が無いし、ルノミの正体も気になる。いつになく緊張した顔つきの男は、昨晩ようやく腹を決めた所だ。
「おぉ! 来てくれたかセイラン君! 待ちわびていたよ!」
ロマン馬鹿ことグリジアが出迎える。他者との応対は彼が担当しているらしい。タチバナは奥の方で部品をいじっているのか、やかましい金属音が外まで聞こえた。
エルフの技師が気まずそうにするが、男は肩を軽く流す。しかしエルフ技師の表情は冴えない。加工音に混じり消えそうな声で、グリジアは伝えた。
「ルノミ君の事なんだが……どうも調子がおかしい。君に会ってからずっと、思い悩んでいるような様子でね……」
「わしが余計な事をしちまったか?」
「それさえ分からない。ただ、勉強への意欲は高くて……君が授業をする前にも、いくつかユニゾティアの歴史、特に千年前に強い興味を持っているようだよ。覇気はないけど、やる気はある。そんな感じ」
ゴーレム技師たちも、ルノミの扱いに困っているらしい。調子が変わった原因は……恐らく例の『銅像』が引き金と考えられる。
『聖歌の歌姫』を象った像は、晴嵐にもルノミにも見覚えのある物だ。彼曰く『異世界移民計画の第一陣メンバー』だったらしい。この世界では過去の英傑とされる女性は、ルノミ目線でどう映ったのか。地球文明との共通点――『千年前』に、ルノミはどのような解釈を行うのか。独自に学び、知ろうとする姿勢からして、やはり接点がある事は確定的だろう。その穴を埋めるべく、晴嵐もあらかじめ技師に質問した。
「ルノミのボディ……『憑依型ゴーレム』だったか? 製造された時期は千年前なのか?」
「君もその質問をするのか……彼本人も知りたがっていたから、改めて詳しく調べた。古いパーツ群だけど、若干だが改良された痕跡がある。パーツの世代で言うなら、第二世代の部品が多いけど、一部第三世代ぐらいのパーツが使用されている。ゴーレム人権運動が終わった後ぐらいに改良、普及が始まった物だね」
「……つまり?」
「彼が完成し、製造された年代は、千年から九百年前で間違いない。そしてルノミ君が知りたがっていたのは『ボディが作られた時期が、欲深き者どもとの戦闘中と同一かどうか……』君も、同じ事を知りたいんだね?」
「……うむ」
技師は頷き、晴嵐は肯定する。ふぅ、と息を吐いて、技師は断じた。
「確かに年代は近い。けれど、千年前の戦争中に作られてはいない。戦争中と終戦直後は『第二世代』の部品がやっと作られた頃の筈だ。ルノミ君の機体には、それの一つ後期型が用いられている。これが、どういう意味か分かるかい?」
「戦争中と終戦直後には、存在していない部品が使われている。だからルノミは『戦争直後には作られていない』……こういうことか?」
「正解! ルノミ君も妙にこだわりを見せていた。同じ質問、同じ疑問をぶつける君は、やはり僕たちより真実に近づいている。……どうにか元気づけてやってくれ」
「……追い打ちにならなければいいが。どこに危険なスイッチが埋まっているかわからん」
「僕らよりは察しが付くし、危険も回避できる……と思いたいよ」
男二人が話していると、がしゃりがしゃりとゴーレムが歩いてくる。前と変わらぬその体なのに、晴嵐は深くため息をついた。
変わらない肉体なのに、本当に覇気がない。最初に会った時の能天気さや前向きさが、搾り取られたかのようだ。生身の人間に例えるなら……この前は元気ハツラツだった若い人間が、げっそりとやせ細り、やつれてしまった。見た目金属で分からないと思いきや、はっきり感じるぐらい、その姿に気力が無い……
「……すいません。ちょっと、色々と考えちゃって……ハハハ」
「お、おう……大丈夫……ではないな、明らかに」
「ずっとこの調子なんだ。ほら、セイラン君なら、ルノミ君も話しやすいだろう? これを機に授業を受けつつ、色々と吐き出すと良い」
「とても、つらい」
「「…………」」
暗く湿っぽい言動は、うつ病患者を思わせる。深く深く落ち込み、うじうじと悩む気配は周りの空気も、どよんと濁らせる。以前との変わりようだが、ここで立ち止まる時間は勿体ない。男は強引に手を引いて、行き先を示した。
「とりあえず図書館に行くぞ。話はそこからだ」
「はーい……」
「? 図書館?」
「――『ライブラリ』の事じゃよ」
「あぁ……行ってらっしゃい」
グリジアに見送られるまま、二人はライブラリに向かう。晴嵐の後をとぼとぼついてくるルノミは、気が付いていないようだ。
『中心街のポート』とは反対側、そこに小さめの建物がある。物静かな周囲も同じように、入った中も静寂に包まれていた。
「……ここか。ユニゾティアの図書館は」
「なんか……思ったより建物小さいですね……」
ユニゾティアの施設『ライブラリ』は、事実上の図書館だ。違いは本が収められているか、情報を収めた『書き込み不可能のライフストーン』……要は『読む専用のライフストーン』を大量に保管しているかの違い。知的な公共施設である。
「そうか……かさ張らないから、建物が小さくていいのか」
「でも、ちょっと寂しい気もします。やっぱりその……本がたくさん並んでいる景色の方が、馴染みありますから。古い本のにおいとか、あの図書館特有の空気が好きでした」
「……風化のにおいは、嗅ぎ飽きておるよ」
静かな室内、文字を読み漁る人々。魔法の石ころに置き換わったとはいえ、中の景色は地球の図書館と変わらない。どこか懐かしい気分に浸る晴嵐に、ふとルノミの瞳が揺れた。
「あれ……? なんで、図書館の空気知ってるんです? こっちはもう、ライフストーンが普及してるから、紙の本は下火って……図書館は地球固有の物だって……え? え?」
人に信じさせるには、名乗るより気づいて貰う方がいい。
学習の場としてよく使われるのは、図書館もライブラリも変わらない。歴史のお勉強に利用するなら、不自然は無い。
それと同時に――さりげなく晴嵐は『図書館』を匂わせる。もう少し早く気づいてくれると思ったが、落ち込んでいて注意が鈍ったか。
ユニゾティアの図書館で、静かにするよう人差し指を立てて、晴嵐は正体を明かす。
「――隠していて悪かったな、ルノミ。わしは――多分、お前さんの計画を知らなかった、地球人じゃ」
「――!?」
「お主の話は、お主から初めて聞いた。正直、すべて信じた訳じゃない。じゃがもし、わしの世界とお主に繋がりがあるなら――お主の救済計画は、失敗した」
落ち込んでいるルノミに、トドメを差しかねない言葉。動揺を見せたのは数舜。取り乱すこともなく、次にルノミは『やっぱりか』とだけ呟いた。
用語解説
ライブラリ
ユニゾティアにおける「図書館」の施設。保管されているのは本ではなく、読み取り専用のライフストーン。中の空気は似ているが、本と異なり小さな石のお蔭で、施設自体も小さくて良い。




