ここに至るまでの経緯
前回のあらすじ
ゴーレム技師の下に戻るルノミと晴嵐。ほとんどルノミが喋っていたが、胸の内の整理は進んだように見える。晴嵐は関係を続けるべく、ルノミの話を交えながら、歴史の講師になる事を申し出た。
あの後も『ゴーレム工房・タチバナ』でいくつか話をした。
晴嵐は……信用された訳じゃないが、疑われてもいない。彼らと対話して分かったが、どうやら『ルノミ』こと『復活した憑依型ゴーレム』は、彼らゴーレム技師にも予想外だったらしい。
「ボディの年代は千年前から九百年と、タチバナは推測していた。つまり彼は『ゴーレム人権運動』の最中か、その少し後ぐらいの時期の人物と予測していたんだ」
ルノミの身体は『ドワーフ山岳連邦』で発掘されたという。戦争が起こる前、晴嵐とラングレーが『亜竜自治区』で合流した時、オークの彼は『オデッセイ商会』の商隊で雇われていた。あの時彼は商隊と共に『発掘されたゴーレム』を輸送していたらしい。
「で、そのゴーレムを運んでくれって依頼を出していたのが『ゴーレム工房・タチバナ』だったってワケよ」
「なるほど。じゃが運び終わった後は、ここに留まる理由は無かったのでは?」
「丁度その時……聖歌公国と緑の国で、戦争が始まっちまったんだよ。ポートもそのうち封鎖されちまうし、根無し草の俺もやる事が無くなってさ……」
そうだ。彼と別れた後に、緑の国は聖歌公国に宣戦を布告した。晴嵐も自分の行動で精いっぱいだったが、ラングレーもまた気を揉んでいた。オークは言う。
「おまけに……スーディアが戦地に行くってなったら、何かやってないと悪いことばっか考えちまう。ともかく手を動かしておきたかったんだ。そこで……ゴーレム運んで顔見知りになってたし、『オデッセイ商会』とも縁があったから『憑依型ゴーレム』の復旧を手伝ってたって訳よ」
「で、タチバナと僕、ラングレー君の協力で機体を修復し、やっとの思いで彼を目覚めさせてみれば……ユニゾティアの千年前の事はまるで知らず、代わりに別の世界について喋り始めるし、ボディだって普及していない型番で、中身は生身だったと来た。僕たちもどう対応したものか、考えていてね……」
つまり――晴嵐にとってもルノミの語る内容は想定外だったが、目覚めさせた周囲の人間にとっても、彼の存在や中身は予想外だった。さらに『ルノミ』本人にも、想定外が起きている。
誰もが戸惑い、理解しがたい事に悩まされている。それでも時間は無情にも進んでしまう。だから実直な問題を、ゴーレム技師は気にしていた。
「目を覚ましたのは良い。僕たちにも目覚めさせた責任もあるし、しばらくは面倒を見るつもりだけど……そのうち彼にも『ユニゾティア』に順応して貰わないと」
「うむ」
「真実も気になるが、まずは生活する事も大事だ。歴史教養も必要と考えていたのだけど、僕らは『ゴーレム技師』なものだから、歴史は自信が無くてね。速やかに教える必要も無かったから、後回しになっている。だからセイラン君の申し出はありがたい。報酬は――」
「構わん構わん。アイツと話せるだけで十分じゃよ。色々と知的好奇心をそそられる」
「おっ!? やはり君もロマンに惹かれる口かい!?」
「……多少は」
深くは信用されずとも、技師たちと関係は築けたらしい。いくつかの対話を重ねていく内に、ラングレーと晴嵐の目が合った。
二人で話したい事もある。ゴーレムの事もそうだし、他の諸々の事も、やはり直接会って会話したい。その気配を察したのか、グリジアはニッコリと笑って一礼した。
「セイラン君、ラングレー君、今日はありがとう! また後日、色々と頼みたい!」
「任せて下さいよ! な?」
「こちらこそ、よろしく頼む」
技師二人とゴーレムを残し、晴嵐とラングレーは工房を立ち去った。まだ馴染みの薄い聖歌公国首都に、晴嵐はゆっくりと歩いていく。ラングレーは先を歩きつつ、彼は晴嵐との会話を始めた。
「……どうだった? ルノミは?」
「何とも言えん。わしも判別つかん……」
率直な問いに、簡素に晴嵐も答えた。
ラングレーは一応『スーディア越しに』晴嵐の正体を知っている。しかしラングレーは『聞いた話』でしか知っておらず、『スーディアのセンス』や『生まれ変わりの経験を持つテティ』と違い、確信を持っていない。適当に信じているような状態だ。
(親身に聞いてはくれんだろうな……ま、初遭遇が大分アレじゃし、これでも好意的な方だろう)
これ以上を期待してはバチが当たる。とりあえずは所感を伝えてみて、反応を見つつ切り方を変えるか。軽く思考を挟んだ後、晴嵐はルノミについて述べる。
「わしの世界では……デカい転換点が二つあった。ルノミが語っている状況は、その片方と該当する」
「へぇ……直接単語は聞いたのか?」
「事件や兵器の名前は、向こうが明言を避けていた。じゃが他の単語、例えば『地球』や、わしの知っている国の名前や、ユニゾティアに無い向こう側固有の単語をいくつか喋っている」
「マジ? じゃあ決まりなんじゃ……」
「ところが、そうも言いきれんのがややこしい。さっきも言ったが、わしの世界のデカい転換点は『二つ』あった。ルノミは片方を知っているが、もう片方は全く触れやしなかった」
晴嵐の考える、地球文明崩壊の転換点は二つ。
一つは核兵器による報復合戦。抑止論が飽和崩壊し、世界を滅ぼす兵器による破壊。
もう一つは……人から人へ伝染し、生き血を啜る化け物の跋扈。すなわち『吸血鬼』の出現だ。
ルノミは前者を語ったが、後者には触れもしない。それどころかこちらの『吸血種』に近い種族の存在を認め、交流さえしていたと言う。これでは『晴嵐と同じ経験をしていた』とは言い難い。同じ経験をしているのなら……生き血を啜る化け物に対し、拒否反応が生まれるはずだ。
「ふーん……そこも記憶喪失って可能性は?」
「それを言い出したら、なんでもアリになりかねんが……」
「まぁいいや、続きはメシの肴にしようぜ。ちょっと遠いが『港のポート』に行こう。いい店がいくつかあるんだ」
軽い調子のラングレーだが、これぐらいの方が気楽に話せるか。
晴嵐も疑問を胸に残しながら、ラングレーに勧められるまま後に続いた。




