正論の盾と剣
前回のあらすじ
ルノミを地球出身と九割確信しつつも、所々出る言葉に困惑する晴嵐。正体をこの場では明かさず話を聞き続けると、彼は『地球から移民するためのプロジェクト』を進めていたらしい。小説の話を土台にした計画は、無謀に見えたが……その作り話と、ユニゾティアの千年前がリンクし始める。情報の混沌に頭を悩ませる晴嵐……
目を白黒させる晴嵐に対し、ルノミもまた記憶を探り探り組み立てていた。ぐらりと足元が揺れる男の内面を知らずに、ルノミは自分の物語を続けた。
「僕は……この『なろう系』にある話に出てくる『神様』と、直接対話してみたいと思ったんです。
ミスで死ぬとか、チート転生とか……そうじゃなくて『地球の神様』と、直接……色々聞いてみたい、話してみたい、そういう願望を僕は持っていたんです」
「神様……」
神様を金輪際信じていない男は、どう反応すればいいか分からなかった。地球に神様がいたとされる時代は……晴嵐の記憶が正しければ、紀元前前後の時代になる。信仰として残っていても、信心深い人間はいても――『直接神を見た』とか言い出せば、胡散臭い目で見られるような状況だろう。
科学技術の発展は、人から神秘をはぎ取っていった。未知や怪異は作り話や誤解とされ、ある哲学者などは『神は死んだ』と宣言する。そんな時代と時世が来て久しい地球で『神と直接対話したい』だと? 目の前のルノミは宗教家なのだろうか。その手の人間特有の『胡散臭さ』は、ルノミからは感じなかったが……
「何故そんな事を? お主宗教家だったのか?」
「違うと思います。その手の神秘的な話を聞けば『まぁそんな不思議な事もあるんだなぁ』と感じるぐらい?」
「信じてはいないが、否定もしない。あるいは無関心に近いか」
「そうですね」
地球人……いや、文明崩壊前の日本人に近い感性か。ならば猶更、神との対話なんて考えそうにないが。おとなしく彼の話を聞いてみよう。
「僕の世界では……なんて言えばいいのかな。例えば僕の世界で発展した技術、科学って技術は、代償として環境を汚染してしまうんです。だからそちらに配慮しろと、言う人がいたとします。それは確かに正論なんですけど、でもそうした正論を、人は武器や盾に使い始めてしまった。
さっきの話で言うなら、エコな……えぇと、環境に配慮していると基準を満たせば、お金の流入が良くなるから。けれどそれは、人の作った基準でしかない。その『人が決めたエコな基準』を満たすために、結果としてより『地球環境を汚染する』なんて本末転倒も珍しくなかったんです」
「……」
「誰かが本気で未来を憂いて、僕の世界の事や、地球を憂いたとしても……ほとんどの人は実感を持たない。大事なのは『その正論を使って、自分がいかに有利に立ち回るか』に関心を持っていたんです。多くの人に重要なのは、自分がいかに相手を上から『正論を盾にして押さえつけるか』あるいは『正論を使って相手を責め立てるか』になってしまった。論調そのものを真剣に考察する人間は少数で……けれどその『論理』を道具のように使う人が、悪影響をばらまいてしまった。
真面目な少数の論者は、多数の『自分だけが有利に立ち回れればいい』人たちに、彼らが未来を憂いて積み上げた理論を、前向きに世界を向ける為に、平和的に、融和的に進めるための言葉と論理を……『自分の気に入らない相手、敵となる相手を殴る為の道具に変えられてしまった』……そして一部の人たちのせいで、彼らの理論まで濁らされてしまった」
良くあることだ。晴嵐は無言で肯定する。
誰も本当の意味で、未来を案じて憂いる事の出来る人間の方が少ない。そんな事より今ある自分の感情の方に流される人間の方が多いだろう。様々な『正論』を武器に、誰かを叩きのめしたり、逆に攻撃されぬよう盾にしたりしているうちに……『正論』は濁り、効力を失う。
そして「正論」を述べ、真剣に未来を案じていた人間の論調は冷め――武器や盾に使っていた人間は、効果の下がった「正論」を捨て、新しい「正論」を探すのだ。
「正直者、善人、まともな奴ほど馬鹿を見る……」
「冷たい言い方ですけど、その通りです。だからふと、僕はこう思ったんですよ。『もし人の営みを上から見下ろしているような、世界の神様が本当にいるとしたら……神様は何を考えているのだろう?』って」
「急に壮大になったな」
「でも、客観的に見たら……この『良くあるやり取り』って馬鹿馬鹿しくなるでしょう? だって真剣に考えて、融和に温和に収めようとしているのに、肝心の人たちは興味が無い。世界を良くしようとする人の言葉を、大多数の人間の欲望が押しつぶす。それを観測している神様がいるとしたら、どんな気分なんだろうって」
人の営みを見ている存在。世界を上から観測する上位者。そんな輩がもし人の生活を、人の愚かしさと論調を見つめていたとしたら……
「吐き気を催してそうじゃが……」
「でもですよ? 神様が人間をすごく嫌っているとしたら、すぐに絶滅させているんじゃないんでしょうか? どこまで神様は人を信じていて、あるいは愛しているのか。そして僕らに改善点があるとすれば、どんな所なのだろうか? 僕は……僕はそれを、確かめてみたくなったんです」
酔狂と思う反面、分からなくもない理由だった。
人と言う生き物は、第三者目線で見れば……ひどく滑稽で、馬鹿馬鹿しくて、愚かしくも映る事もあるだろう。上位者たる存在から、自分たちはどう評価されているのか気になった……と言う事か。
「そのために……『神様と直接対話してみたい』と、ネット掲示板に掲載しました。反応は正直その、だいぶアレでしたけど」
「まぁ、だろうな。それこそ大半の奴にはどうでも良いと思われるじゃろう」
「けれど、真剣に会話してくれる人がいたんです。その人が……のちに僕と一緒に『世界意思接続魔法』を開発する、ヴァンパイアの人でした」




