ダブルスタンダード
前回のあらすじ
地球と断じてよいのか、それとも別の世界の話なのか。ヴァンパイアだの世界意思接続魔法だの、滅茶苦茶な単語を聞いたかと思えば、主語をぼかした『核兵器』周りの話まで出てくる。混乱と動揺に見舞われながら、滅びるまでの話は続く。
「あなたの言い分も、多分間違ってはいないと思います。『世界を滅ぼす兵器』を握っていた側は、晴嵐さんの言う通りの心理でしょう。しかし『世界滅ぼす兵器』を保持していない側は、その武器が欲しくてたまらなかった」
「狂っておるじゃろ。それは。使えば文字通り、世界を終わらせる兵器なんじゃろ? そんなものを広めたい奴なんていない」
間違いなく『核兵器』……あるいは、それに準ずる兵器を所持している世界の話。拡散に対して、厳重な監視と罰則、国際的な制裁を施す事に何の不思議があるのか。晴嵐が発する言葉と疑問に対し、ルノミは首を振って答える。
「理性的に考えれば、それは正しいです。でも現実として……『世界を滅ぼす兵器』を保持している国と、保持していない国の間で、関係や立場に差がついてしまっていた。そして保有している側は、晴嵐さんの言った理由で、決して手放す事はないでしょう。――その態度は持ってない側から見れば、どう映ります?」
少し晴嵐は考えて――すぐに記憶から想起される事柄があった。
傭兵の時、聖歌公国が『悪魔の遺産で武装したゴブリン』に襲撃された時。『悪魔の遺産』に取り憑かれ、スーディアを銃撃し、吸血種のハクナを脅した女エルフがいた。山賊に身を落としていたソイツは、力を持っていない己に対し、強い劣等感のようなものを喚いていた記憶がある。
力を持った側に、散々馬鹿にされ、胸の中に憤懣をため込んでいた。そうした人物が強大な力を……あの場面で言うなら『悪魔の遺産』を手にした時。感情と怒りと恨みを、一息に吐き出そうとする。
『世界を滅ぼす兵器』を持つ側と、持たざる側。その関係性も――国と言う大きなくくりこそあれ、同じだったのか……?
衝撃を胸の内で抑えて、晴嵐は意見を述べた。
「……世界を滅ぼしうる兵器だから、それを新しく保持するな。拡散するなと言いながら――その実『既に所有している側は、完全に手放す気がない』態度……まぁ、持ってる側にしてみれば、筋の通った理由なのじゃろうが……『世界を滅ぼす兵器』を盾に、持ってない側に強く出ていては『綺麗事を盾にして、力関係を逆転されないための言い訳』にしか聞こえなかった……?」
「そんな感じだと思います。だから――良心云々とか、世界の平和とか、そんなものはどうでも良いんです。まずは自分たちが『世界を滅ぼす兵器』を保有しないと、永遠とマウントとられ続ける。小国国家群は既に『世界を滅ぼす兵器』を保持している側に、良心の類を感じていなかったのでしょう。だってコレ、酷いダブルスタンダードでしょ?」
「ダ、ダブ?」
良く分からない横文字だが、聞いたこともあるような気がする。ゴーレムの彼はじれったく感じつつも、言葉の意味を説明した。
「人には辛口で批難しておいて、自分側には激甘判定って奴です。他人に厳しく、自分に甘い……って言葉を、大人向けにした感じですかね?」
「……人間、誰だってそんなもんじゃろ」
「けど、やられた側は物凄く腹が立ちますよ。個人単位でも不愉快でしょ? それが……国家単位で、しかも代理戦争の舞台にされたりと、好き勝手やられた状況の後じゃ……やり返したくなるに決まってる」
強者と弱者。立場を入れ替えながら繰り返される歴史。たとえ『世界を滅ぼす兵器』が台頭した世界でも……俯瞰してみれば、さして代わり映えしない光景なのだろうか?
「……だから『世界を滅ぼす兵器』を、持っていなかった小国側が使用したと。大国側はダブスタを平気な顔で押し付けて、さも当然のような顔をしている。だから自分たちも同じ武器と立場を手に入れたら、大国連中と同じように……横暴に振舞ってよいと。そういう理屈か?」
「加えて、押さえつけられた恨みつらみですね……それが世界を滅ぼしたって、ヴァンパイアの人が推理していました。完全な証拠は無いですけど、話の流れとしては、おそらくこんな感じでしょう」
ぼかされた表現でも、人の心と話の流れは、一通り順序立てが為されている。『地球』を知らなかったとしても、感情や道理は『そういう話もあり得るのではないか』と思わせる範疇だ。
そしてルノミは、流れに乗じて自分語りに入る。
「『世界を滅ぼす兵器』は、強力な毒素をばら撒く機能まで持っています。僕の住んでいた国は、兵器が着弾する前に迎撃出来たみたいですけど……他の国とは連絡が取れません。恐らく全滅か、それに近い状況でしょう。僕の国も即死を避けただけで、決して良い環境じゃない。だから……僕とヴァンパイアの人で進めていた『あるプロジェクト』を、転用されることになりました」
「プロジェクト……?」
晴嵐の頭でも、今の強国と小国の話は理解できた。しかしプロジェクトとは何か? 恐らく毒素とは、核兵器のばら撒く放射能の事だろう。晴嵐の知る地球……いや、彼の生活圏であった日本は、資源を輸入に頼っていた故に、外国が滅びた事でじわじわと物資不足に追い詰められ、政府役人が逃げ出し、その後『吸血鬼』の跋扈で全滅する。それが晴嵐の知る地球の歴史だ。
目の前のゴーレムと、その協力者は。
滅びかかっていた世界から……人々を救うべく、ある活動と計画を進めていたのだ。




