明かされる内情
前回のあらすじ
ホラーゾン村を通るのは危険と止めた晴嵐。三人はその情報を元に、オーク二人に亜竜自治区を迂回すべきと、テティは助言する。ライフストーンをカーナビのように使い、位置情報を登録する二人。彼らは最後晴嵐に感謝を述べ、彼らと道を分かった。
オーク二人が別の道を進んでも、晴嵐とテティの二人はしばらく動けなかった。
短い時間だが、意志を共有した相手に違いない。特に彼女は救われた立場で、情が移るのも自然な流れだ。
けれど二人は、村に戻らなねばならない。少女は帰りを待つ者がいて、晴嵐も仕事の報告がある。「行こう」と小さく彼が促すと、テティは重い足取りで歩み始めた。
彼女も石ころで方角を確かめ、村に真っすぐ向かっていく。草と土の踏みしめる音だけが雄弁で、二人はしばらく無言のまま、大きな通りを目指して進んだ。
時折互いを気にしながらも、二人は言葉が出てこない。晴嵐も彼女を救出した立場ではあるが、恩着せがましい言い回しや、まだ浅い仲の相手と慣れ合うのは苦手だ。
距離を測りかねる彼へ、テティもまた間を読んでいる。何度か視線を宙にやった後、唇の下に指をあてて、聞いてきた。
「二人がいたら、話せない事あった?」
「……ないな。概ねあの通りじゃ」
「そう……じゃなくて! 言い方変えるわ。貴方への依頼の詳細を教えて」
晴嵐への依頼は非公式の物だが、彼女は村の人間。内情を話しても問題あるまい。彼は兵士長の顔を思い出しつつ、彼女に明かす。
「依頼者はシエラ・ベンジャミン兵士長。内容は三日以内に、オークの拠点の偵察と発見。そして……共鳴石じゃったか? 互いの位置を知れる赤い石ころを置くこと」
「救出は目的じゃないの? 貴方の腕なら……」
「軍団長に信用されんかった。じゃから兵士長から、個人的な依頼という形式になっとる」
「色々納得」
テティから見ても、順当な話の流れと見える。晴嵐本人にも自覚はあるので、何も言うことはない。
「いつの間に共鳴石仕込んだのよ?」
「物資を漁る時。オークの二人に乗ったのは、わし個人にも好都合じゃった」
「ふーん……でも私を助ける必要はあった?」
「手間のかからん女だったからな。もう一人の金髪女じゃったら見捨てた」
「……今の発言は秘密にしとく」
「あん?」
棘のある晴嵐の声に、彼女も冷ややかな笑みで答えた。
「あの人は『ヴィラーズ・キクチ』様。ホラーゾン村のトップ『ヨマル・キクチ』様の血縁者よ。つまりお姫様なの。あるいはお嬢様かしら」
「…………なるほど」
あの態度は『ワガママに育ったボンボン娘』と勝手な想像を膨らませていた。が、本当にお姫様だったとは。新しい情報を頭に入れつつ、テティとの会話に戻る。
「説明を受けてないの?」
「あぁ。とことん信用されんかったらしい」
「多分貴方への依頼は、彼女の救出の前準備ね。この程度なら、普通はスルーする損害よ」
「ま、余所者にその辺りの事情を、べらべらと話す訳がないか」
歯切れの悪いシエラの様子を思い出し、その背景と照らし合わせた。
権力者の娘なら、当然顔は知っているだろう。荒事に耐性がない予想はしてたが、あの性格では晴嵐と反りが合わない。もしその内容で依頼を受けていたら、依頼の達成を目指すより、失敗の理由を作る方が楽に思えた。兵士長が口ごもったのも妥当な所だろう。
だが安心はできない。現状も既に、厄介ごとに片足を突っ込んでいる。
「まいったな……絞め落してしもうた」
「え゛っ」
「お主を助ける前に……周りにいた人間は全員気絶させた。勿論、そのヴィラーズという娘も」
「ちょっとちょっと、マズいわよそれ……そこまでしなくても」
「いや、必要な行為だった。無視してお主を逃がそうとして見ろ? 空気を読まず、優先順位も考えず『私を助けろ!』と喚きかねん……そうなれば、外のオーク共が様子を見に来るかもしれん」
「………………場面が容易に想像できるわ。ありありと」
手のひらで額を覆い、天を仰いで辟易する少女。彼の行動に理解を示して、彼女も彼女で立場を伝える。
「私もマズいのよね、この状況。『なんで姫様を連れて逃げなかった?』て責められるかも」
「……あんなのを連れて、逃げ切れる訳なかろう」
「全面的に同意するわ。するけれどね? 私はあの村で生活してるの。そう簡単な話じゃない」
つまり二人は、起きたことを素直に報告したくない。利害の一致を確かめた晴嵐は、彼女に提案した。
「口裏を合わせておくか」
「そうね。二人のオークが助けてくれたなんて、軍団長が信じるわけないし。分かりやすい話を作っておきましょ」
「話が早くて助かる」
「それ私のセリフ」
一呼吸置いてから、テティは人差し指を立てて、作り話を始める。
「こんなのはどうかしら? 私はオークの群れに捕まっていた。けれどオーク達は、激しい内輪揉めを始めた。何とか隙を見て抜け出したけど、私に姫様を助け出す余裕はない。必死に逃げ出したところ、通りがかりの猟師に助けてもらった……これでどう?」
「成程、あの二人の存在は隠すのか。色々と面倒が起きなくなる。悪くない」
概ねの同意を示した彼に、テティは「不満?」と前置きして話を繋げた。
「貴方の手柄が薄れるのが嫌?」
「そこはどうでもいい。嘘がバレる方が怖いからのぅ……ただ、依頼の説明を要求された時、わしは詳しく聞かれるかもしれん」
「んー……なら貴方が仕事中か、終えた直後に内輪揉めが始まった事にしましょ」
「……それで?」
「慎重な貴方は、様子を見ることにした。何か騒がしい。もしかしたら、せっかく置いた共鳴石が見つかったかも? って。しばらく遠目で観察していたら、私が逃げ出して近くまでやって来た。依頼で状況をなんとなく察した貴方は、何食わぬ顔で私を保護した……」
なかなか良い脚本だ。即興の嘘の完成度ではない。絶妙に事実と嘘を盛り込んで、整合性を保っているように思える。
「村に着いた直後は凌げそうだな。だが助けられたお姫様が『あらぬ疑い』をかけて来たら?」
「貴方は外側にいて、私は逃げ出すので必死だった。知らぬ存ぜぬで通せるでしょ。それでも粘るなら『身内の喧嘩の、とばっちりを受けたんじゃない?』って、呆れて見せればいいわ」
「くっくっく……お主上手いのぅ」
実に舌の回る少女だった。洞窟の時も感じたが、判断力や度胸も悪くない。
今の彼女が『二度目の人生』なら、この辺りの詭弁は年の功だろうか。けれど同時に不安も出てくる。彼女の頭なら……晴嵐の与太話に合わせて来るのではないか?
(一応貸しは作ってあるし、大丈夫だとは思うが……)
素直に人を信じられない性分が恨めしい。疑心暗鬼が過ぎる自分へ、疲れ切った息を吐く。俯いていた彼は開けた視界に気づかず、先行する少女が足を止めたのにも気づかず、後ろから追突してしまった。
「ちょっと?」
「すまんな。ぼーっとしておった」
「もう少しで村だから頑張って……けど、休んでもいいわよ。私もやることあるから」
「……? では、甘えさせてもらうとしよう」
やる事とは何だろう? 今この状況で、村に行く以外の選択肢があるのだろうか。疲れた心身が休息を求めていたし、テティの行動にも興味がある。太めの木の幹に寄りかかり、少女の動きに注目した。
手に持った棒……いや、魔法の旗を彼女は両手で握る。適当に地面へ突き刺すと、額を当てて寄りかかった。
棒を握って、祈るようにも見える動作だ。宗教的な礼拝だろうか? 彼の想像は、またしても裏切られる。光の旗が再びはためき、摩訶不思議な何かが発動したことを彼に知らせる。心臓が鼓動を速める中、少女の独り言は、虚空に語り掛けるかのようだった。
「ホラーソン村の人、誰か聞こえますか? 聞こえたら応答願います」
用語解説
ヴィラーズ・キクチ
洞窟内で囚われていた、ヒステリー気味の女性。お姫様、あるいは貴族令嬢に該当する娘である。晴嵐は邪魔だと、脱出時に絞め落してしまった。
ヨマル・キクチ
ホラーゾン村のトップの貴族。いわば領主なのだが……囚われの身の、ヴィラーズ・キクチの父親である。




